2020年度は新型コロナウィルスのパンデミックのために予定していた海外での調査が不可能となったが、図書と資料による調査を続けた。また本年度が研究期間の最終年度に当たるために今までの研究の総括を行った。具体的には今まで行ってきた労働者大学の教育とモリス商会の職人たちの関係をさらに深めて、後者の徒弟制度を経て、商会の職人がその後どのような工芸活動を行っていったのかを跡付けた。研究成果は2020年11月28日にZOOMにて開催された日本ヴィクトリア朝文化研究学会第20回大会シンポジウム「芸術のための芸術/世界のための芸術―開かれた唯美主義の形態」において、「モリス商会と職工たち」のタイトルで発表する機会を得た。昨年までの研究では、労働者大学の教育とモリス商会の職人たちの関係を調査してきたが、今回はモリス商会における徒弟制度に注目して、若い職工たちの教育と、職人としての彼らのその後の活動と教育内容の伝播を追ったものである。同時にその中で10代のころからモリス商会でタペストリーの技術を学び、活動してきた職人たちが、やがてエジンバラのダヴコット・スタジオの設立当時の職人として商会の技術を伝えていき、その伝統が今でもスタジオに息づいていることを明らかにした。今後の研究では、実際にその技術の伝播の様子も視座に入れていく予定である。 また、最終年度として、パンデミック時代を迎えた私たちにとって、19世紀の芸術教育と創造力をめぐる思考がどのような意義を持ちうるのかについて単著『コミュニティと芸術――パンデミック時代に考える創造力』を上梓した。本書はイギリスの創造産業や文化政策、およびオリンピックと併行して行われる現在の文化オリンピアードの伝統などに触れながら、ラスキンやモリスたちが唱えた芸術の意義は、パンデミック時代を生きる我々にとって重要なメッセージを伝えてくれることを説明したものである。
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