新型コロナウイルスの感染拡大の影響により史料の実地調査が容易でなくなったため、研究対象を一部変更し、昨年度までに収集・調査済の一噌流関連史料に加えて、手元にあった他流儀の史料や影印翻刻されている史料等も活用して検証を進めることとした。囃子伝書が成立した室町後期から江戸初期を対象に、この時期の伝承を伝える笛伝書や手付類を丹念に読み解くことを通して、能管の演奏技法の伝承の一端を紐解こうとした。 具体的には、室町後期から江戸初期に奏された能管の「音取」という曲目に着目した。「音取」は現在では上演の限られる習い事とされ、能では〔音取置鼓〕という囃子事や「恋ノ音取」などの特殊演出にて吹かれている。しかし、室町後期から江戸初期の「音取」は現在よりもさまざまな場面で頻繁に奏されていたことが窺われた。また、「音取」は今と違ってひとかたまりの拍子不合の旋律全般を意味し、当時の能の様々な場で即興的に吹かれていたことも判った。現行ではどこで何を吹くのかが演出として定められているが、室町後期から江戸初期の能は流動的で役者に任された自由な演出の部分が今よりも多かったことが浮かび上がった。 また、上記の研究と並行して、実地調査が可能な範囲(首都圏)にて本研究の基盤となる史料調査も継続して進め、能楽師個人蔵の未公開史料に触れる機会を得た。史料の詳細を把握するべく調査を進めているところで科研の研究期限がきてしまったが、今後も調査を継続していく予定である。
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