研究実績の概要 |
2021年度の研究成果は次の3点である。(1)紀要論文「永井郁子と堀内敬三、邦語歌唱運動の開始とその時代」では、ソプラノ歌手永井郁子(1893-1983)が1925年に開始した邦語歌唱運動において、訳詞者の堀内敬三(1897-1983)が果たした役割とその背景とを論じた。堀内は開局直後の日本放送協会の洋楽担当者として訳語による番組制作に力を注ぐと共に、その必要性を論じた。堀内も永井も、当時の日本の楽界および「新しい聴衆」の教養と理解力とに鑑みて、邦訳歌詞から始めることが必要だという理解を共有しており、両者の協力による邦語歌唱運動が成功裡に始動した経緯が明らかになった。(2)学会発表「ヘンデルのオラトリオ《メサイア》の日本初演、その実態と背景」では、永井が邦語歌唱運動を開始した1920年代半ばに、外国曲を外国語で歌うことがいかに特定の人々(ここでは宣教師および宣教師に教育されたミッション・スクールの卒業生)に限られていたかを資料に即して示した。さらに手を入れて学会誌『音楽学』に投稿した(査読中)。(3)英文共著(The Art Song in East Asia and Australia: 1900-1950, ed. Alison Tokita & Joys Cheung, Routledge, January 2023)に第2章(The rise of Japanese art song)と第6章(Nagai Ikuko and the 'Movement for Singing in Japanese')とを寄稿した。本研究は、大正・昭和初期における女性音楽家たちの創造的な演奏活動が洋楽ジャンルの成立と楽界に対して成した貢献を、群像として描き出すことを目指すものであり、その研究成果を広く社会に還元する機会が与えられたことを記して感謝する。
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