研究課題/領域番号 |
18K00186
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
平川 佳世 京都大学, 文学研究科, 教授 (10340762)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ブリューゲル / 物語画 / 風景画 / 西洋美術 / ナラトロジー / ネーデルラント / 宗教画 / 細密画 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、花の静物画や風景画、動物画の名手として知られるヤン・ブリューゲル(父)(1568―1625年)の描いた物語画を包括的に考察することで、大ブリューゲルの伝統を継承しルーベンスと同時代を生きた画家独自の物語叙述法を解明することにある。二年次にあたる本年度は、ヤン・ブリューゲル(父)と人物画家との共同制作について、特に、イタリアで活動したドイツ人画家ロッテンハマー(1564―1625年)との関係に着目して研究を行った。 物語要素をもたず、実景に基づいた、近代的な意味での「風景画」の成立は、17世紀オランダ(北部ネーデルラント)においてであるが、ネーデルラントやドイツでは16世紀初頭にはすでに「風景画」と呼ばれる絵画群が存在しており、人気を博していた。しかし、この原初的な「風景画」は、部分的には実景観察に基づきつつも、画家によって再構成されたいわゆる「世界風景」が主であり、そこには聖人伝等の物語要素が随所にちりばめられていた。本年度は、まず、こうした原初的風景画と、その出現を準備した15世紀の風景表現を収集、分析し、風景表現が当時の鑑賞者に及ぼした作用について、同時代の言説を参照しつつ考察した。そして、こうした原初的風景画は単なる鑑賞用風景ではなく、鑑賞者を風景表現に没入させ、そこで展開する物語を追体験させる、いわば仮想現実空間であったとの結論を得た。とりわけ、フェデリコ・ボッローメオ枢機卿のためにヤンとロッテンハマーが共同制作した諸作品では、ロッテンハマーが描いた人物像に勝るとも劣らない没入効果をヤンの微細な風景表現が発揮していたことが、ボッローメオ自身の言葉によって裏付けられる。すなわち、ヤンとロッテンハマーとの共同制作では、ヤンの風景表現は単なる「背景」ではなく、物語の「場」を仮想現実として提示し鑑賞者を没入させるという重要な役割を果たしていたのである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「研究実績の概要」でも述べたように、本研究の目的は、花の静物画や風景画、動物画の名手として知られるヤン・ブリューゲル(父)(1568―1625年)の描いた物語画を包括的に考察することで、大ブリューゲルの伝統を継承しルーベンスと同時代を生きた画家独自の物語叙述法を解明することにある。二年次にあたる2019年度(令和元年度)は、ヤン・ブリューゲル(父)と人物画家との共同制作について、特に、フェデリコ・ボッローメオ枢機卿のために人物画家ロッテンハマーと共同で制作した諸作品に注目して調査研究を行った。 アルベルティ『絵画論』など西洋における伝統的な芸術理論おいては、感情表現や身振りなど、物語を語る主体である人物表現について、数多くの論考が記されており、そうした言説を受けて人物画家が制作した物語画やその習作が「物語画」研究の主たる対象であった。しかし、本年度の研究によって、従来、物語画の単なる「背景」として、美術史学においてあまり注目されてこなかった風景表現もまた、当時の鑑賞者にとっては、物語の世界観を伝え、そこに没入させる重要な役割を担っていたことが明らかとなった。本研究成果の一部を、2019年6月にパリで行われた京都大学・フランス社会科学高等研究院の合同シンポジウム『自然は考えるか』において口頭発表したところ、国内外の研究者と有益な情報交換を行うことができた。次年度以降は、調査対象を、ルーベンスなど、より技量の高い人物画家との共同制作に広げるとともに、同時代の言説を精査することで、今年度得た知見の充実、補強、修正を行っていく所存である。 以上述べたことから、本研究課題はおおむね順調に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の今後の研究推進方策は、目下のところ、当初の研究計画において示したものと大きな変更はない。3年次に当たる2020年度(令和2年度)は、上述の、2019年度の研究を通じて得た知見をもとに、作品調査の対象を、ルーベンスなど、より技量の高い人物画家との共同制作に広げる。加えて、ヤン・ブリューゲル(父)の物語表現へのアプローチと、15世紀以降蓄積された芸術理論における物語画の規範の類似点と相違について、研究を進める。ヤン・ブリューゲル(父)は、1590年年代のイタリア滞在時、アルベルティ著『絵画論』やロマッツォ著『絵画、彫刻および建築』をはじめとするイタリアの美術理論書の議論を踏まえて、物語画制作を行った形跡がある。一方、17世紀になると、北方ヨーロッパにおいても、ファン・マンデルの『画家の書』を嚆矢に、美術に関する論考が本格的に刊行されるようになる。こうした近世美術理論とヤンの物語表現には、どのような関連性があるのか。その類似点と相違点を探る計画である。 ただし、2020年度以降の研究で憂慮されるのは、新型コロナ肺炎蔓延に伴い、国内外の美術館等における作品の実見調査が計画通り実行できない可能性がある点である。幸いなことに、2020年度の研究計画は文献分析が中心であり、各地の美術館における作品の実地調査は必ずしも行わなければならない、というわけではない。しかし、2019年度春に予定していた調査は、渡航制限のため、断念せざるを得なかったこともあり、コロナ禍終息後、出来るだけ効率的かつ速やかに、渡欧して作品および史料調査を行う所存である。しかし、万が一、コロナ禍の終息が大幅に遅れて、国内外の美術館・図書館・研究所等での実地調査が困難な場合には、高画質画像やマイクロフィルムの入手および分析等、出来る限りの代替手段を講じる。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和元年度(2019年度)において、次年度使用額が生じた理由は、2020年3月に予定していたヨーロッパでの現地調査が、新型コロナウィルス蔓延に伴う渡航自粛制限を受けて、実施できなかったためである。そのため、旅費として確保していた約30万円が未使用のまま、次年度に繰り越されることとなった。中止となった調査は、新型コロナ禍の終息を待って、次年度に速やかに行う予定であり、翌年度分の助成金の使用計画に変更は生じない。
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