研究課題/領域番号 |
18K00198
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研究機関 | 天理大学 |
研究代表者 |
大平 陽一 天理大学, 国際学部, 教授 (20169056)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 戦間期チェコの出版事情 / 戦間期チェコの亡命ロシア文化 / 戦間期チェコのアヴァンギャルド |
研究実績の概要 |
論文「プラハ国民劇場のロシア人ダンサー:亡命ロシア文化と芸術家の同化」の最終章で、亡命ロシア人画家グリゴーリー・ムサートフを取りあげ、戦間期チェコにおいてアヴァンギャルド的な装本の書籍を刊行したことでも知られるメラントリヒ出版が1929年から翌年にかけてドストエフスキーのロシア語訳のためにムサートフが描いた挿絵について論じた。 従来、亡命ロシア人の芸術観は概して保守的であり、コミュニスムに共感を持つ者が多いチェコのアヴァンギャルディストとの関係は希薄であると考えられてきた。しかしながら、ムサートフの場合は、チェコのモダニズム絵画最大の画家であるヤン・ズルザヴィーとの交友を通じて芸術結社《芸術談話会》の同人となり、戦間期チェコ最大の文芸評論家で左翼的知識人としても知られていたF・X・シャルダの推薦で、ドストエフスキー作品の挿絵をメラントリヒ社から委嘱されたという事情からも分かるように、こうした通説には見直しの余地があることを示すことができた。 ムサートフの挿絵については、科研費助成事業「カタストロフィの想像力:ドストエフスキー文学の現代的意味とその世界展開」(研究代表者:亀山郁夫名古屋外国語大学学長)による国際ワークショップ「表象文化としてのドストエフスキー」(2019年2月16日)においても口頭発表を行った。 そのほか、論文「戦間期プラハの文学結社〈庵〉とアリフレト・ベーム」においても、戦間期チェコにおける出版事情について言及した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
チェコ・アヴァンギャルドのブックデザインの一翼を担う〈機能主義〉を、戦間期のヨーロッパの広い文化上の文脈を示さんという意図のもと「戦間期チェコにおける〈機能〉の概念とその文化的コンテクスト:チェコ・アヴァンギャルドの建築、デザインとプラハ言語学サークル」という論文を『スラヴ学論集』(日本スラヴ学研究会)に投稿予定であったが、結局果たせなかったのは痛恨の極みである。 そのほか、亡命ロシア人作家と挿絵やブックデザインで知られているアヴァンギャルディストとの交流について語られているテルレツキーの回想録『履歴書』の翻訳も、初年度中に刊行することができなかった。 また言い訳になるが、研究分担者として参加した科研費助成事業「ルースキイ・ミール ー 文化共生のダイナミクス」(研究代表者:諫早勇一名古屋外国語大学教授)が最終年度ということで、海外出張、ゲストスピーカーの招聘とアテンド等の業務が重なったため、本研究に専念しきれなかった憾みがある。
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今後の研究の推進方策 |
まず2019年夏に、論文「戦間期チェコにおける〈機能〉の概念とその文化的コンテクスト:チェコ・アヴァンギャルドの建築、デザインとプラハ言語学サークル」を『スラブ研究』か『スラヴ学論集』に投稿する所存である。この論文では、デザインのみならず、ロシアを含む欧州大陸における生物学や言語学をも含む広い文化的コンテクストの中に〈機能〉の概念を位置づけることにより、建築家カレル・ホンズィークの機能論に起源を持ち、それが構造主義美学の創始者のひとりとして知られるヤン・ムカジョフスキーを経由し、一方でカレル・タイゲの機能主義的デザイン論へと、他方でプラハ言語学サークルの多機能性という考え方に流れ込んでいく過程を明らかにすることを目指す。 テルレツキーの『履歴書』の翻訳も2019年度中には刊行する。本書の刊行により、タイゲと共に初期アヴァンギャルドのブックデザインを牽引したムルクヴィチカや書籍の挿絵も手掛けた画家チヒーと亡命ロシア人との交流が明らかになるであろう。 2019年3月の研究出張の際に入手することのできたラジスラフ・ストナルがデザインした書籍だけでなく、ストナルが編集に加わり、彼自身もデザインに関する論考、紹介文などを寄稿している雑誌『造形的探究』の1928-1930年分を入手できたので、これを是非活用して、カレル・タイゲを筆頭とするアヴァンギャルディストたちに比べて論じられることの少なかった、プロフェッショナルなデザイナーとしてのストナルについて、1939年のアメリカ移住前の食器、玩具のデザインを通じてモダン・デザインを、一部の知識人だけでなく、チェコスロヴァキアの中産階級に普及せしめたプロデューサー=デザイナーとしての実践活動や、アメリカ移住後の「情報デザイン」の先駆者としての業績にも目配りをして、まずは研究ノートを発表し、総合的な紹介を試みる所存である。
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次年度使用額が生じた理由 |
チェコ・アヴァンギャルドのブックデザインに関連した書籍については、2019年3月の出張の際にプラハ市内の古書肆にいて相当量購入することができたが、証憑書類を得ることが難しく、助成金からの支出を断念した。 今回生じた次年度使用額で、国内の業者からアメリカで刊行されたストナル関連の文献を購入、あるいはインターネット通販を利用することで証憑書類が入手可能なチェコ国内の業者から戦間期チェコの出版物ないし研究書を購入する予定である。 また当初予定していた非接触型スキャナーは出張に持参することが難しいと判断し、最初の二年間は可能な限り資料の現物を購入し、どうしても入手できない資料についてのみ最終年度でスキャンすることにしたい。
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