研究課題/領域番号 |
18K00198
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研究機関 | 天理大学 |
研究代表者 |
大平 陽一 天理大学, 国際学部, 教授 (20169056)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ブックデザイン / 機能主義 / アヴァンギャルド芸術 / ニュータイポグラフィ / 情報デザイン |
研究実績の概要 |
2019年度は、ブックデザインの分野においても近年高く評価されてきているにもかかわらず、日本では殆ど知られていないチェコ出身のデザイナー、ラジスラフ・ストナルについての紹介に力を注いだ。 ストナルは戦間期チェコを代表するデザイナーでありながら、その仕事は、画家のシュティルスキーや美学者のタイゲが試みたブックデザインのように、アヴァンギャルド芸術の実験と位置づけられることはなく、美術史家によって論じられることは稀であった。むしろ、純粋芸術を志向するアヴァンギャルディストにとって批判の対象であった応用美術の分野の職業的デザイナーとして、ストナルの仕事は軽視されていた感すらあった。さらにチェコ時代のストナルが理論的著作を残さなかったことも、ストナルに関する本格的研究が行われなかった一因となったのかも知れない。 結局、彼がデザイン論を発表したのは渡米後のことであり、それは創作の自由が制限されたカタログデザインについてのマニュアルであった。そのカタログデザイン論は近年、情報デザイン論の先駆的業績として評価されるようになっているが、チェコ時代のストナルの仕事を想起するならば、一面的な評価であるようにも思われる。ストナルの全体像を浮かび上がらせるには、渡米後の商業デザイナーとしての仕事と戦間期チェコにおけるより自由な仕事とを関連づけて考察する必要があるのではないか。 実際、渡米後の仕事とチェコ時代の仕事を比較してみるならば、情報デザインという観点は、1930年代の実践の中にすでに胚胎していたことが分かるし、渡米後のカタログデザイン論も、機能主義を標榜しつつも、建築論に典型的な単一機能主義ではなく、プラハ言語学サークルを想起させる機能観――人間活動における機能の複数性の認識が前提になった機能観――がその根底に据えられていることが読みとれるのである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
いわゆる「コロナ禍」の影響により刊行が遅れているが、2019年夏に投稿した2篇の論文が採択されている。 一つは日本スラヴ学研究会の会誌『スラヴ学論集』第23号に掲載予定の「ラジスラフ・ストナルのデザイン論についての覚書」であり、チェコ出身のデザイナー、ストナルが、アメリカ亡命後にものしたカタログデザイン論を出発点に、チェコ時代の仕事に遡ってストナルの全体像を描き出そうと試みたものであり、従来論じられることのなかったストナルについての紹介としても一定の意義があると考える。 もう一方の論文は、単一の機能への適応を是とする建築やデザインにおける機能主義の見直しのプロセスを、プラハ言語学サークルの代表者たちの機能論に読み取ろうと試みた「プラハ言語学サークルにおける機能の概念」であり、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターの学術誌『スラヴ研究』第67号に掲載される。 論文の発表以外では、これまで収集した戦間期チェコの書籍・雑誌のデジタル・アーカイヴ化の準備を進めつつある。 ただ、戦間期チェコのブックデザインの全体像を考える上で、シュティルスキーやトイェンらアヴァンギャルドの画家たちの仕事についての研究が不十分であるとの反省はある。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度の2020年度は、四半世紀をかけて収集してきた戦間期チェコの書籍・雑誌の画像と書誌データを掲載したデジタル・アーカイヴの構築を行うことを第一の課題とする。国立京都近代美術館において、2020年7月12日まで開催される「キュレトリアル・スタディズ13:チェコ・ブックデザインの実験場 1920s&1930s――大阪中之島美術館のコレクションより」のような試みが最近ではなされているとはいえ、戦間期チェコのブックデザインについて広く知ってもらうために、さらにはデザイン研究に資するためにも、誰もが自由にアクセスできるデジタル・アーカイヴの持つ意義は大きいと思われる。写真撮影については、展覧会図録用の撮影の経験もある気鋭の写真家、守屋友樹氏の協力を仰げることになっている。 また、氏の教え子たちとの共同作業で一つのデザインワークとしての冊子作成も試みるつもりである。 論文については、前年度に引きつづいてストナルを取りあげ、彼のデザインにおける芸術的性格と情報デザイン的性格の相剋に焦点を当てた論文1篇と、シュティルスキーとトイェンのブックデザインを概観した研究ノート1篇を発表したいと考えている。
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