本年度は、主に戦間期チェコにおける機能主義デザインを検討に付した。チェコのブックデザインを論じる際、アヴァンギャルド芸術と関連づけられることが多く、建築家やデザイナーによる機能主義的な作例が等閑視されがちだからである。 そこでまず、迂遠であることを承知で、機能主義に立脚したことで同時期に大きな成果を残したプラハ言語学サークルにおける〈機能〉の概念を、言語学者だけでなく美学者や民族誌学者の言説も含めて再検討することで、戦間期チェコの文化的コンテクストに広い意味の機能主義を位置づけようと試みた。その結果、プラハ学派の機能の多機能性の概念の再確認を通じて、デザインにおける機能主義が単一の実用的機能にのみ基づいているという通俗的な理解の問題点が明らかになった。 次に、戦間期チェコにおける機能主義を代表するデザイナーと目されているストナルのデザイン思想を、渡米後の商業カタログ論の精読を通じて解明しようと試みた。アメリカ時代のストナルのデザインは、今では情報デザインの先駆的業績として評価されるようになっているが、それらの仕事が全て戦間期チェコにおけるブックデザインや展示デザインに遡ることが明らかにされたのみならず、機能主義の典型と見なされてきたストナルのデザインが、実は実用的機能だけを顧慮した単一機能主義に依拠したものではなく、アヴァンギャルド芸術と分かちがたく結びついていたことが――すなわち美的機能へも配慮したデザインであったことが――カタログ論の分析を通じて示された。 こうした多機能性への気づきは、戦間期チェコにおけるブックデザインの第一人者、タイゲにおける複数の作風の共存を矛盾対立とする見解の見直しをも迫るものであり、そうした観点からタイゲのブックデザインの実像を明らかにするため、本研究の報告書に代わるものとして『カレル・タイゲのブックデザイン』という図録を現在制作している。
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