本研究は、地方都市における演劇団体の活動領域の広がりを把握し、演劇活動が地域社会にもたらす文化的、社会的な意義を明らかにすることである。最終年度は、鳥取県立図書館所蔵「難波忠男寄贈資料」調査を継続、鳥取市の劇団「鳥取市民劇場」の活動とその文化的・社会的広がりについて論考をまとめた。特に、1970年代から80年代という、公立ホールや公的助成金制度が未整備な時代に、鳥取市内の様々な文化分野や市民活動と協働し、舞台芸術に関する多様なネットワークや仕組みの構築に劇団が寄与したことを明らかにした。 本研究は2018年に着手したが、2019年度末からのコロナ禍のため、研究対象とした地方都市の演劇活動の様相は想定から大きく変化した。上演活動そのものも停滞し、教育、福祉、まちづくり、観光といった地域社会に展開する状況を量的に把握することは困難となったため、特徴的な個別事例と特定の領域について集中的に検討することとした。具体的には演劇団体による1)高齢者による演劇、2)公立文化施設との協働、3)劇場拠点の運営、4)地域内の文化以外も含めた諸団体との連携である。 以上の検討から、演劇活動の社会的な拡張の様相は、演劇団体が依拠する地域コミュニティの規模や特色が強く関係していること、また活動の持続性は、こうした団体・組織との密な交流や関係性に支えられていることが観察された。演劇団体が作品の創作上演に加え、多様な領域に波及していく契機や具体的な事業の構想は、演劇団体側に社会的課題に向けた明確な志向や目的意識があらかじめ存在するのではなく、地域内外における様々な団体・組織・個人との相互交流または摩擦が重要だと指摘できる。また、本研究は、地域社会が演劇活動とどのような接点や期待を持ちうるかが、演劇団体の社会的拡張を促し、演劇団体にそのような期待や関心を喚起する柔軟性や即興的な態度が肝要であることを示した。
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