最終年度は、昨年度のインフラと景観の関係についての研究をさらに進めて、絵画や写真といった芸術表現のなかにどういう形でインフラをめぐる表現がみられるかを特に具体的な作家等を中心に分析する方向に研究を進めた。特に1920年代の欧米ではこうした都市の工業的景観を絵画や写真といった媒介で表現しようとする試みが多くなされたが、その中でもアメリカのprecistionstという1920年代の美術家集団がこうした工業的なインフラを美術表現の対象として活動をおこなってきた。さらに時代を下ると、ドイツのBecher夫妻のように産業遺産の組織的写真を残した現代作家もいる。特に後者は現代アートに大きな影響を残したが、必ずしもインフラという観点からではないのも事実である。 本邦でも野又穣を中心とした現代作家が、precistionstの影響下に、こうしたインフラ的な対象を自らの絵画表現に採用しており、彼の作品の歴史的な変遷を文献およびインタビュー等で詳細に検討した。彼の作品はたまたま本研究のインフラ美学的な観点に非常に近いものがある一方で、アート業界での評価の微妙さは、こうしたインフラ美学的観点が現在のアート業界で必ずしも広く受け入れられている訳でもない点を分析した。この研究結果は彼が新たに所属することになった英国の代表的な現代アート画廊が出版する書籍に発表する機会をえた。またこうした都市景観の中のインフラ(特に電線や電柱といった電気通信関係のインフラ)は、本邦の明治以降の洋画史等でもそれなりの歴史があることが分かり、それを研究し、関係するテーマで展覧会を開いた学芸員へのインタビュー等も実行した。全体としてはインフラの審美的側面への関心は多方面で醸成されつつあるというのが重要な点である。
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