研究課題/領域番号 |
18K00275
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研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
久保 勇 千葉大学, 大学院人文科学研究院, 准教授 (10323437)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 郷土史 / 平家伝説 / 安徳天皇遷幸 / 硫黄島 / 平家物語 / 義経伝説 / 島津氏 / 鎮魂 |
研究実績の概要 |
本研究は『平家物語』に代表される軍記物語が,原典テキストの「読み」以上に多様な享受がなされた実態とその社会的影響について,「地域」に関する諸資料を対象に調査研究を実践することを目的としている。本年度の主要成果について,以下2点を報告する。 仲彦三郎編『西摂大観』(明輝社,1911)刊行の背景について,兵庫県立図書館において『摂観余光』(同,1912)を調査し,発行人である明輝社社長・辻岩雄が主導していたこと,その目的が「史蹟を顕彰する」(西摂大観発刊の辞)のみならず,「上は忠勇義烈の雄魂を弔し,下は無告の幽鬼を慰め」(古來陣亡の将士及有功者追弔会趣意書)といった「鎮魂」の営みとして目論まれていたことが明らかになった。既に福田晃氏(「語り本の成立-台本とテキストの間-」1990)の指摘があるが,近代郷土史編纂と「鎮魂」の営みに関する具体的資料として重要である。 鹿児島県三島町硫黄島の安徳帝遷幸伝説をめぐっては,鹿児島県立図書館等で調査を実施し,鈴木彰氏「硫黄島の安徳天皇伝承と薩摩藩・島津斉興―文政十年の「宝鏡」召し上げをめぐって」(2016)を検証しつつ,硫黄島・長浜家に伝えられた「開けずの箱」について考察した。『三島村誌』(1990)の,永原鉦作によって「開けずの箱」が昭和8年(1933)に開封されたという記事は修正すべきであり,同氏「春信一束」(『大日』1937・12)によれば,神鏡代替品は「箱」に収められておらず,「奉書」に包まれていた。(鈴木彰氏によれば,島津斉興は奉書に物品を収める慣習があったという)奉書開封以降,長浜氏により「箱」が用意され「開けずの箱」伝承が発生・伝播したと考えられる。周辺地域にも伝わる「開けずの箱」をめぐる実態の一端が明らかにした。 以上のほか,北海道平取町の義経神社,高知県越知町横倉山の安徳天皇陵参考地等の基礎的な調査を実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では,計画段階において調査研究対象を2つ掲げている。①②によって進捗状況を報告する。 ①「兵庫県域における軍記の「記憶」-明治44年『西摂大観』を中心に」 『西摂大観』(1911)の記載に基づき,文献調査と現地調査の実施を計画していたが,何れも基礎的な調査を実施することが出来ている。調査によって発見した同書刊行の実態を語る『摂観余光』(1912)の検討をおこなった。同時に『西摂大観』における軍記関係の記載情報の整理・検討を実施している。 ②「日本の境界領域としての「地域」-鹿児島県硫黄島・北海道平取町を対象に」 鹿児島硫黄島に関しては,昭和8年(1933)の永原鉦斎による現地調査前後の資料収集および検討をおこなっている。永原鉦齋の著述から浮上した「安徳天皇御遷座式絵巻」,安井息軒「記安徳天皇狩于雄黄島事」等の資料があり,これらの検討もおこなっている。関連して,近代各地の安徳天皇遷幸伝説(阿部鐵眼『安徳天皇御事蹟論』等)を俯瞰する必要が生じており,高知県越知町横倉山の調査を実施し,硫黄島との比較検証作業を進めている。 北海道平取町については,義経神社の実地踏査や基本文献の収集・調査を実施しているところである。課題設定当初の見通しに示したように,地元・平取町における義経神社の伝承そのものは,近代に中央史壇に論争をひきおこした〈義経北行説〉の影響をあまり受けていないことは確認された。近世の近藤重蔵・最上徳内による道内探検についての検証および現地調査(北海道胆振東部地震の影響)はやや遅れているものの,全体としてはおおむね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
『西摂大観』に関する調査研究については,次年度中(12月を予定)に口頭発表により,同書の成立背景等に関する成果を公表していく予定である。次年度以降は,同書の掲載内容と現在の史蹟等状況の比較検討等のため,現地踏査を実施していく。掲載内容の整理業務については,研究補助者(謝金)もしくは業者への依頼によって推進していく。 鹿児島県硫黄島については,本年度島内調査を実施できなかったので,島内所藏資料(「安徳天皇御遷座式絵巻」等)の調査を実施する。また,文献調査で浮上した渋沢敬三アチックミューゼアム薩南十島調査団訪島(1934・5)を研究対象に加え,神奈川大学国際常民文化研究機構の成果を検証しつつ,近代における硫黄島の諸伝承の実態を明らかにしていく。 また,次年度は皇位継承がおこなわれることもあり,安徳天皇の問題を調査研究する好機とも言える。近代における安徳天皇遷幸伝説の研究史を再検証しながら,対馬等の伝説地の実地踏査を実施していく。 北海道における義経伝説については,近世における伝播の実態を再検証することが急務となっている。同時にやや遅れている平取町での資料調査等の活動を加速させていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
費目としては物品費の未使用額が生じたことについては,古書で購入予定であった自治体資料(『平取町百年史』等)に在庫がなかったこと(図書館相互利用等で対応)が要因となっている。物品購入(資料購入)未執行分については,現地調査旅費に充てる予定であったが,硫黄島調査は台風接近(2018・10)のため実施できず,平取町調査も北海道胆振東部地震(2018・9)の影響で1回分の調査時期を逃してしまい,およそ現地調査約2回分の旅費の執行を次年度に繰り越すこととなった。 次年度使用額と翌年度分については,現地調査等の旅費使用に充てる計画である。当初本年度の調査計画より約2回分追加調査を実施することで研究成果を高めていく計画である。
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