研究課題/領域番号 |
18K00279
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
樋口 百合子 奈良女子大学, 大和・紀伊半島学研究所, 協力研究員 (90625493)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 仙覚寛元本 / 仙覚文永本 / 非仙覚本 / 歌枕名寄 / 夫木和歌抄 / 勅撰名所和歌要抄 / 二重訓 / 巻七錯簡本 |
研究実績の概要 |
二年目に当たる今年度は、『歌枕名寄』(以下『名寄』と略称)の一写本である『内藤くすり博物館大同薬室文庫蔵『歌枕名寄』(以下『大同本』と略称)、『歌枕名寄』の依拠した『萬葉集』および仙覚校訂本の一種である宮内庁書陵部蔵『萬葉―仙覚註釈附』(以下『萬葉』と略称)の調査・考察を行った。 『大同本』は、歌数と内徴により、流布本系統と判明したが、宮内庁本を始めとする甲類、澤瀉本を始めとする乙類のいずれとも異なり、佐野本と類似することにより、佐野本、大同本をもって、流布本系乙類を立てた。零本ではあるが、佐野本よりも古態を残しており、萬葉歌については仙覚の影響を受けない非仙覚本系であった。 『名寄』の依拠した『萬葉集』は非仙覚本系であろうとはこれまでも言及してきたが、それは萬葉歌のみを考察の対象とした結果である。『名寄』は他の名所歌集とは異なる、地名や歌に詳細な注書を付すという特徴を持っている。この注書のうち、特に萬葉歌に付されたものに注目し、調査・考察した。これらは『萬葉集』から直接採取されたものであるが、独自の編集を加え、また書写の過程で改変された痕跡がある。従って必ずしも『萬葉集』を忠実に伝えたものとは言えない。所収歌の考察では『名寄』の依拠した『萬葉集』は非仙覚本系紀州本に酷似しているが、異なる特質もあり、注書を含めたさらなる調査は仙覚校訂本の流布を考える上でも有効であると考える。『萬葉』は、萬葉歌一千首を漢字本文片仮名傍訓付で引用する。仙覚寛元本の特徴の一つである二重訓を多く持つこと、巻七に錯簡があることが特徴である。仙覚寛元本の特徴である二重訓と、仙覚文永十年本系の寂印成俊本の中の大矢本系という、仙覚本系の中でも極めて限定されたグループの特徴である巻七の錯簡という特徴を備えた特異な一写本である。これらと中世の私撰集所収萬葉歌の関わりを今後考察していくことが課題と考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
区分(2)概ね順調に進展している。 『歌枕名寄』『夫木和歌抄』については順調に調査考察を終えることができた。『名所歌枕』については初年度に調査の半分を終え、残る半分を行う予定であったが、2、3月の調査が不可能となった。『十四代集歌枕』についても同様である。しかし当初の予定には入っていなかった宮内庁書陵部蔵『萬葉―仙覚註釈附』の調査考察発表を行い、寛元本の特徴と文永本の特徴を併せ持つ抄出本という特異な『萬葉集』という位置づけを行った。さらに『勅撰名所和歌要抄』の調査も進めることができた。
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今後の研究の推進方策 |
推進方策に変更はない。最終年度は調査中の『名所歌枕』の調査を終え、所収萬葉歌について考察を行いたい。『名所歌枕』については、渋谷虎雄氏が「成立はおよそ1300年代中後期、所収萬葉歌数は1263首(重出を除くと1092首)」と多く、「内証により、仙覚新点歌、改訓の影響を受け、仙覚文永二、三年による」とした。この成立についても異論があり、新点、改訓についても猶詳細に調査する必要があろう。これまでの筆者の調査により、『歌枕名寄』や『夫木和歌抄』所収萬葉歌は仙覚の影響を受けていないことが明らかとなったのであるが、『名所歌枕』についても先学の結論を踏襲するのではなく、詳細に調査・考察を行いたい。また『十四代集歌枕』についても調査を行う予定である。さらに『歌枕名寄』の短歌・注書、更に仙覚文永十年本系に属する巻七錯簡本について論文化を行いたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
理由は令和2年2月末から3月に行う予定であった島原松平文庫蔵『名所歌枕』及び龍門文庫蔵『十四代集歌枕』、仙覚寛元本の系統である東洋文庫蔵細井本『萬葉集』の調査を実施することができず(新型コロナウイルス発生により、移動の禁止、及び各機関が閉鎖されたため)、そのための旅費、複写費など予算を次年度に回したためである。最終年度である次年度はこれらの調査を行う予定である。
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