最終年度に当たる今年度も、前年度同様、コロナ禍により、遠方への調査は不可能であったが、それを除いて可能な調査・考察を行い、中世私撰集中の所収万葉歌から、失われた非仙覚本の享受・変遷の解明する」という研究主題について明らかとなったことも少なからずあった。 長歌の数は少ないが、『歌枕名寄』についで漢字本文表記の多い『勅撰名所和歌要抄』について唯一の完本である内閣文庫本を調査した。成立は14世紀半ば頃であり、仙覚校訂本が都で受容されていく時期と重なるが、仙覚を受容していないことが推定できた。次に明治大学附属図書館蔵毛利家旧蔵本『歌枕名寄』を翻刻し、調査を行った。その結果非流布本であること、仙覚校訂本を受容していないこと、『歌枕名寄』他写本に見られない鴨長明との関わりが存在し、長明が鎌倉紀行記(現存しない』を記した可能性のあることなどが判明した。 また『歌枕名寄』に多くみられる左注を抜き出し、現在定説をみない本文に新しい視点を加味できる可能性のある本文の存在や、『歌枕名寄』における万葉集の編集意識、再編意識などについて討究した。 さらに『歌枕名寄』細川本(諸写本中最も原撰本に近い)中の長歌をすべて抜き出し(107例)、一覧し、中世万葉集を研究していくために学会共有のものとした。これまでの『歌枕名寄』所収万葉集長歌についての論考をまとめ、『歌枕名寄』所収万葉集長歌に仙覚本、非仙覚本のどの写本とも一致しない仙覚の新点を多数見られること、改訓を採り入れていないことを明らかにし、失われた非仙覚本群が中世私撰集中に埋もれており、それを明らかにすることにより、空白の『万葉集』訓点史を埋めることができる可能性について論じた。これまでの研究と本研究の成果を、『『歌枕名寄』継承と変遷』として纏め、研究成果公開促進費に申請し、採択され、2023年度中に出版の予定である。
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