北村季吟の写本京都地誌「菟芸泥赴」についての文献学的研究を、未完ではあるが可能な範囲まで実施した。諸本調査については、自筆本により近い古い形態と本文を持つと推測される「京都大学附属図書館蔵本」「国会図書館蔵本」のマイクロフィルムの作成、京大本に近い本文を持つ国立公文書館内閣文庫蔵本B(172-145。巻4下・巻6欠)のデータ化、京大本と比較して筆写の過程で変更されている可能性はあるが良質な本文を持つ宮内庁書陵部蔵本(巻4上下・巻5・巻6欠)のマイクロフィルム作成によって本文資料を入手した。諸本の性質については、京大本と内閣文庫本Bのテクストが細かいレベルで類似していることがわかった。そして、この内閣文庫本Bは、内閣文庫本A(172-150)・国会図書館本よりも古いテクストの可能性があり、京大本を底本とした翻刻作成のために、内閣文庫本A・国会図書館本よりも重要な諸本であることがわかった。また、宮内庁書陵部本については、筆写を重ねて崩れたテクストを再生するための校訂的合理化が行われたテクストである可能性が高いことがわかった。この点で、宮内庁書陵部本は東京国立博物館蔵本と同様の性格を持つテクストであると言える。2020年度は、内閣文庫本A・国会図書館本と同等レベルのテクストであると想定される重要な諸本である無窮会神習文庫蔵本A(3/1/2/5672)および、未調査の無窮会神習文庫蔵本B(3/1/2/5673。巻一のみ)の諸本調査とデータ入手をおこない、それによって現存する「菟芸泥赴」テクストの網羅的な調査を完了し、本格的な本文研究に取り組む予定であった。しかし、所蔵館(無窮会専門図書館)の改装工事のための閉館の継続のためそれがかなわず、本研究は未完に終わり、研究期間内における有益な研究成果の発表に至らなかった。
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