研究課題/領域番号 |
18K00336
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研究機関 | 京都産業大学 |
研究代表者 |
小林 一彦 京都産業大学, 文化学部, 教授 (30269568)
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研究分担者 |
彬子女王 京都産業大学, 日本文化研究所, 研究員 (20571889)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 複製文化財 / 複製古文書 / 複製古典籍 / 伝統文化 / 伝統工芸 / 最先端複製技術 / 複製品の活用 / 次世代への継承 |
研究実績の概要 |
研究代表者(小林一彦、以下「代表者」)と研究分担者(彬子女王殿下、以下「分担者」)2名で、連携して研究を進めている。 令和元年度の主たる実績としては、代表者は冷泉家時雨亭文庫蔵古典籍(重要文化財)の精巧な影印複製をもとに、古典籍の紹介を主とした歌人小伝を4回、時雨亭文庫の機関誌「しくれてい」に掲載した。特に「斎宮女御(下)」(149号)では、斎宮歴史博物館所蔵の資経本「斎宮女御集」(鎌倉時代書写)につき、原本調査の成果をふまえ、岡墨光堂による修理報告で、すでに指摘がなされていた「角筆」の存在について、尊経閣文庫蔵資経本「千潁集」の原本調査の成果も援用しつつ、資経本全体に「角筆」による合点が存在する可能性について言及した。また一般市民向けに、京都学講座「京の伝統と先端ーみやこが育んだ“モノ”と“技”ー」の企画立案に参画協力し、古文書古典籍の精巧な複製を手がける富士ゼロックス株式会社の文化推進室長と、「手に取って触れる古文書への挑戦-京の匠の技と最先端技術との融合-」の講座(リピート2回)を実施した。原本の徹底調査により得られた歴史的背景や和紙・糸、顔料などの素材情報、また製本法をもとに、市販の複写機を改良した特別仕様機を用いて、質感・重量に至るまで忠実に再現した複製品を並べ、それを前に解説、後半は手にとって触ってもらう体験型の講座は、たいへん好評であった。 また分担者は、大英博物館所蔵の3万点に及ぶ日本美術コレクションから、特に法隆寺関係の複製品、焼損前の金堂壁画をアーネスト・サトウが模写させた模本、および百済観音像の模造に焦点をあて、模本や模造が日本美術の海外紹介に及ぼした影響などを、「大英博物館に所蔵された法隆寺―金堂壁画と百済観音の複製の意義についてー」(『特別展 法隆寺金堂壁画と百済観音図録』2020年3月)において、わかりやすく解説をされている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2年目に入り、古典籍古文書原本・文化財現品の調査を継続的に行いつつ、複製物との比較調査もあわせて進めている。原本調査にともなう、調査カードの収集も引き続き継続し、原本ならではの書誌学的な情報や新たな知見などの集積も、進んでいる。 具体的な調査では、立体物にまで対象を広げた複製文化財とその制作がもたらす科学的な情報を、文化財の研究や普及に生かせないかと、発展的に模索しつつある。すでに昨年、和歌山県立博物館の3Dプリンターによる仏像や能面の文化財複製物制作の取り組みを調査したが、2019年度は御即位を記念した東京国立博物館「正倉院の世界―皇室がまもり伝えた美」、奈良国立博物館「御即位記念 正倉院展」が開催された。塵芥による古文書の復元や、近代になってから製作された文化財の精巧な複製物とその製作技法の解説などが展示されており、複数回、展示には足を運んだが、きわめて示唆的であった。 当該年度は京都市立芸術大学芸術資料館が所蔵する横山崋山「祇園祭鉾調巻」の原本調査を行った。豪華絢爛な「祇園祭礼図巻」の下絵である。その際に、火災で焼失した大型の曳山である鷹山(復元復活をめざし唐櫃巡行が復活)の囃子方でもある大学院生、さらに複製古文書の製作や祇園祭の継承に関心を持つ学部学生を同道した。焼失文化財の鷹山復元に、祭礼絵巻や調図は、きわめて重要な役割を果たしている。今後は、そのような方面への広がりと、空間的な国際的発信よりも、時間的な世代間の垣根をこえた発信と伝統の継承も重要であると痛感した。 新型コロナウイルスによる影響で、2月以降の調査に出向くことができず、また研究者間の情報共有や接触の機会も絶たれてしまい、残念ではあるが、概ね順調に推移しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
3年目となり、完成年度を迎えることになる。2020年は、文化財保護法が制定されて70周年の記念の年でもある。そうした年回りにちなむ、大がかりな展示もいくつか開催される予定だったが、自粛により中止となってしまい、貴重な調査見学の機会を失ったことは、きわめて残念である。 当該研究の最終目標は、日本文化の継承に寄与してきた冷泉家時雨亭文庫をはじめとする文庫・図書館・博物館・資料館など各機関所蔵の古典籍群が、そもそも歌人・作家による著作物の写し(写本)であり、日本の写本技術、複製技術が文化の下支えをしてきたことを広く発信することにある。そのために古典籍原本の書誌学的な調査を行い、あわせて複製技術分野の先進企業からの助言協力を得ながら、複製古典籍・複製古文書を通して日本の書物文化を世界へと発信することを目指していた。 2019年2月、ジャポニズム研究の第一人者、セインズベリー日本藝術研究所教授の渡辺俊夫氏のもとに複製古典籍・古文書を持参し、世界への発信について助言を求めた。また、これとは別に古典籍のワークショップを海外の大学で展開した経験を持つ研究者とも情報交換を行った。複製古典籍・古文書による海外に向けた日本文化発信のプランも立案されつつあったが、世界規模で急激に広がった新型コロナウイルスは終息の気配を見せず、研究者の渡航や複製物の持ち出し、移送、さらに受け入れ側の体験型講座なども実現は難しく、方向転換を余儀なくされている。 そこで世界への発信を転換し、空間的な広がりよりも、時間軸を視点にした発信へと切り替え、次世代の若者・子供たちへの伝統の継承へと舵を切る方向で、当初の計画の修正を図りつつ、研究成果の発信を構想している。なお、こうした次世代への文化継承は、研究代表者も分担者も、それぞれこれまで取り組んできた研究、社会教育活動とも重なり、その延長線上に位置づけられものである。
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次年度使用額が生じた理由 |
2月下旬以降、静岡県MOA美術館の国宝手鑑「翰墨城」の展示調査、また石川県金沢市での北陸古典研究会参加、東京都内(国文学研究資料館ほか)への調査と資料収集などを予定していたが、新型コロナウイルスによる旅行自粛のため、はたせなかった。 繰越金については、関係図書および資料の購入費用や、遠隔地を結んでのオンライン研究会、研究情報の交換のためのテレワークに必要な備品などの購入費用として、有効に活用する計画である。
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