本研究は日本植民地統治下の台湾で創作されたハンセン病患者の文学創作を考察することを目的としたものである。研究の遂行にあたって最も重要な資料である『万寿果』を長島愛生園の神谷書庫で収集し、その分析を行ってきた。研究期間を通じて、戦前の台湾におけるハンセン病文学について、その多くを占める短歌の分析をはじめとして、何人かの重要なテクストを残した入所者に関する個別研究、さらに内地の療養所が行っていた「文芸特輯」を模倣した『万寿果』の特集号などについて、論文を発表してきた。 最終年度の2021年度も、コロナの影響のために遠方のハンセン病療養所での資料収集はできなかったが、東村山市にある国立ハンセン病資料館の図書室などを利用することで研究を進めた。 2021年度には日本台湾学会の学会誌『日本台湾学会報』第23号に、論文「小崎治子の「癩短歌」を読む-頂坡角から武蔵野へ」を発表した。戦前『万寿果』に作品を残したのは、多くは男性患者であったなかで小崎治子は数少ない女性の書き手であり、戦後に「内地」に引揚げた後も台湾の記憶を短歌で表現したハンセン病者である。この論文では、小崎の残した短歌の分析を通じて、彼女の目に映った台湾の療養所の日常や戦時下の暮らし、さらに戦後の混乱と植民地からの引揚げ、さらに戦後の療養所生活を論じた。今日、引揚者に対する学問的関心が高まっているが、ハンセン病者の引揚についてはほとんど知られていない。 このほかに2021年度には国際学会で2回の口頭発表を行った。このなかでも東アジア日本研究者協議会第5回国際学術大会の「帝国を移動する-青山純三とその軌跡」は、朝鮮や台湾など日本帝国内の療養所を移動し、文学活動を行った青山純三に焦点を当てたものである。
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