研究課題/領域番号 |
18K00353
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
野村 鮎子 奈良女子大学, 人文科学系, 教授 (60288660)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 亡妻 / 亡妾 / 明清散文 / 哀悼 / 墓誌銘 / 行状 |
研究実績の概要 |
令和3年度は、これまでの研究の成果の一部を論文「明清における妾婢をめぐる士大夫の心性―亡妾哀悼文を中心に―」として発表した。 明清時代には、士大夫が自ら亡妻の墓誌銘や祭文、行状などの哀悼文を執筆することが流行したが、その中には亡妾や亡婢のために書かれたものもある。妾は身分としては妻に劣るが士大夫の配偶者である。婢は使用人であるが、中には主家の男性家族の寵愛を受け、妾として遇されずとも、実態は妾であった侍婢もいる。これまで妾婢は女性抑圧の象徴として、放埓で淫靡なイメージを背負わされてきた。しかし、士大夫が妾婢を単に子を得るための道具、もしくは色欲を満たすための奴隷とみなしていたのだとすれば、儒教規範を逸脱して卑賤な身分の女性への哀悼の念を吐露するような文学は生まれなかったはずである。中国の納妾・蓄婢制については、婚姻家族制度の面から納妾の習俗や妻妾の倫理秩序を論じたもの、奴婢制度史の面から考察したものなど、多くの研究蓄積があるが、亡妾哀悼文に着目した研究はない。本研究の意義はノンフィクションの史料である亡妾哀悼文を用いて、妾婢の身体やセクシュアリティの管理の実態を探り、さらに明清に亡妾哀悼文が明清士大夫の間で広まった理由や彼らの心性について考察したことである。 亡妾哀悼文からは侍婢たちと士大夫の日常の暮らしを窺うことができる。士大夫にとって自らの妾婢は単に子を得るための道具でも色欲を満たすための奴隷でもなく、起居をともにし、心を許すことのできるもっとも身近で親密な女性であった。彼女たちの不幸な生い立ちや来歴、妾婢としての辛酸や早すぎる死は、士大夫の感情を突き動かし、哀悼文への執筆に向かわせたのである。亡妾哀悼文は、これまでのフェミニズムやジェンダー研究において女性抑圧の象徴、または放埓で淫靡というステレオタイプで語られてきた妾婢のイメージを一新させるものともいえる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
明清の文集を収録する叢書(『清人詩文集彙編』、『清文海』、『北京図書館古籍珍本叢刊』、『南開大学図書館蔵稀見清人別集叢刊』、『北京師範大学図書館 蔵稀見清人別集叢刊』、『天津図書館珍蔵清人別集善本叢刊』、『四庫全書』『四庫全書存目叢書』『続修四庫全書』)についてはすでにほぼ終了しているが、再調査が必要な一部の叢書も残っている。また個別の明清文集については、中国と日本の各地の図書館での調査をする必要があるが、新型コロナウィルスの蔓延により、令和2年度から延期した調査が令和3年度も実施することができなかった。
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今後の研究の推進方策 |
海外の研究機関に蔵されている明清の文集を収録する叢書や個別の明清文集については、おそらく令和4年度も実施は困難と予想している。せめて日本国内の各地の図書館での調査は再開したいが、新型コロナウィルスの蔓延の状況に留意しつつ対応する予定である。場合によっては、明清亡妻哀悼散文の悉皆調査は断念し、個別の文人の亡妻哀悼文研究について掘り下げる方向で再調整したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和3年度は海外と国内の研究機関への文献調査を予定していたが、新型コロナウィルスの再度の蔓延により、調査を行うことができず、使用予定額を次年度に繰り越すことになった。令和4年度は海外調査はひきつづき難しいが、国内の図書館での出張調査は可能になるものと予想されるため、旅費として支出する予定である。
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