研究課題/領域番号 |
18K00380
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研究機関 | 駿河台大学 |
研究代表者 |
海老澤 豊 駿河台大学, 法学部, 教授 (90298307)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 英詩 / 十八世紀英国 / スポーツ |
研究実績の概要 |
昨年度の「戦闘詩」研究に引き続いて、本年度はバーレスク詩の下位区分である「競技詩」2篇を取り上げて、その特徴を分析かつ考察した。「競技詩」は古典叙事詩の戦闘場面をバーレスク化した「戦闘詩」から発展したものと考えられるが、さまざまな勝負事やスポーツにおいて繰り広げられる競技の描写は、やはり叙事詩の戦闘場面をほうふつとさせるものとなっている。また同時に「競技詩」は民衆文化のひとつとして位置付けられたスポーツを題材に、英国独特の風俗も活写されている点が重要である。 アイルランド出身の詩人マシュー・コンカネンは「フットボールの試合」(1720)において、叙事詩の戦闘場面をサッカーの試合に置き換えて、スウォーズ村チーム対ラスク村チームの激闘を面白おかしく描いた。現在のフットボールとは異なる競技場やルール(1チームが6人制で、1点先取したチームが勝利など)の下で、両軍はくんずほぐれつの疑似戦闘(相手の足を刈り、タックルするなど)を繰り広げる。作品にはアイルランドの貧しい暮らしや土着的な祝祭行事などが描かれており、社会史的にも興味深い側面を持っている。 ウィリアム・ディリンガムの「スールヘイの転球場」(1678)、ジョウゼフ・アディソンの「転球場」(1698)、ウィリアム・サマヴィルの「転球場」(1727)は、いずれも英国の伝統的な娯楽・スポーツである「ローン・ボウルズ」を主題にした作品である。片側に錘の入ったボウルは曲線を描きながら的(ジャック)を目がけて進むが、詩人たちはこれを自分の思うようにならない人生の寓意と見なした。ボウラーが「伸びろ」とか「止まれ」と叫んでも、ボウルは勝手気ままに逸れていくのである。また相手のボウルを弾き飛ばして、自分のボウルを的に近づけるさまは、古典叙事詩の戦闘場面を思わせる描写に富み、ボウラーたちは叙事詩の英雄に喩えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度の「戦闘詩」研究を受けて、今年度はその発展形である「競技詩」について考察した。前年度に取り上げた「戦闘詩」2篇すなわちトマス・パーネルの「蛙と鼠の戦い」(1717)とジョウゼフ・アディソンの「ピグミーと鶴の戦い」(1698)は、いずれもホメロスに関連した作品であり、叙事詩の英雄たちを小動物に置き換えて戦闘場面を描くものであった。それと比べて今年度取り上げた「競技詩」は民衆スポーツであるフットボールの試合やローンボウルズの競技を描いたもので、直接的な戦闘場面ではないものの、明らかに叙事詩の戦闘描写を模した表現がここかしこに認められる。 一方で「競技詩」に登場するのは英国の中流階級(ローンボウルズ)や民衆(フットボール)であり、彼らの競技もさることながら、18世紀当初の風俗や慣習が垣間見られる点が「戦闘詩」とは大きく異なる点である。「戦闘詩」と同様に作品の最後は敵方の征服や味方の勝利といった場面であるが、そこには叙事詩のような死者はなく、戦利品の代わりに勝者が手にするのはたわいもない賞品と名誉だけである。 「フットボールの試合」と「転球場」はスポーツを題材にしているものの、崇高な文体で卑近な主題を歌うという「疑似英雄詩」と見なすことができる。この種の作品には他にもコッツウォルズ・ゲームスを題材にしたウィリアム・サマヴィルの「ホビノル、すなわち田園の競技」(1740)、トマス・マシスンの「ゴフ(ゴルフ)」(1743)、ジェイムズ・ラヴの「クリケット」(1744)、ポール・ホワイトヘッドの「ジムナジアッド、すなわちボクシングの試合」(1744)などがあり、「ゴフ」と「ジムナジアッド」についてはすでに論文としてまとめている。今回取り上げた「フットボールの試合」と「転球場」についても、『駿河台大学論叢』に発表済みであり、順調に研究が進んでいると言える。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度は18世紀初頭の英国ファッション(服飾や装身具)を題材にした作品群を取り上げる。具体的に言えば、フランシス・シュートの「ペチコート」(1716)、ジョン・デュラント・ブリヴァルの「服飾の技法」(1717)、ジャイルズ・ジェイコブの「スモックの略奪」(1717)、フランシス・ホークスビーの「付け黒子」(1724)である。これらの作品がアレキサンダー・ポープの「髪の毛略奪」(1714)とジョン・ゲイの「扇」(1714)に触発されて書かれたことは明らかだが、上記の作品群は悪名高い出版業者であったエドマンド・カールによって出版されており、「髪の毛略奪」の猥雑なパロディという側面を持ち、ポープに対する当てこすりも感じられる。またこれらの作品では、「発明詩」の端緒となったゲイの「扇」に倣ったような、装身具の発明もテーマの一つになっていて、ペチコートや付け黒子がどのように生まれたかが描かれている。当時の英国の風俗が活写されている手も興味深い。 これらの作品では男女の恋愛遊戯が中心を占めており、色男たちは高慢な美女たちをいかに口説き落とすかに血道を上げる。その手管の一つで服飾や装身具の贈与という形をとるわけだが、最後に男たちは長らく望んでいた賞品を獲得する、つまり女性の貞節を奪うことが叙事詩の征服になぞらえられるのである。 2020年度はこれらの「服飾詩」あるいは「装身具詩」を中心にして研究を進めていく。同時にそのモデルとなった「髪の毛略奪」についても本格的に取り組んでいきたい。
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