研究課題/領域番号 |
18K00382
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研究機関 | 青山学院大学 |
研究代表者 |
松井 優子 青山学院大学, 文学部, 教授 (70265445)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 英文学 / 歴史小説 / 文化史 / ウォルター・スコット |
研究実績の概要 |
本研究は、ウォルター・スコットの歴史小説群『ウェイヴァリー叢書』の19世紀における正典化の過程や、それに対するモダニズム期の戦略的応答の検討を通して、スコットや歴史小説の文化的役割や文学史における位置づけについて考察している。2022年度は、まず、昨年度に引き続き、1871年のスコット生誕百周年記念と1932年の没後百周年記念について、対象をこれら二つの記念行事を扱った週刊新聞や文学雑誌、作家の伝記等に広げ、それらにおけるスコット観や『叢書』論を参照し、日本を含め、19世紀の英語圏やグローバルなネットワークの中では『叢書』が正典として享受されていた一方、20世紀前半までにはより地域に限定された受容となった全体的傾向が確認された。 また、英文学の制度化が新たな段階を迎えた19世紀後半から20世紀前半にかけての文学事典や文学史、文学入門書を参照し、文化的ないしナショナル・アイデンティティにおけるブリテンや英語圏の各地域への力点の移行、それにともなう文学伝統や文学史の戦略的再編や複数化におけるスコット受容と上記記念行事での傾向とを比較する作業を進めた。世紀転換期の過渡期を経て、19世紀のスコット批評とモダニズム期とでは上記と同様の現象が観察される一方、当時の読者層の増大と多様化を受け、モダニズム期には新たな文学観や文学作品の分析手法の提示とも連動し、『叢書』を非文学性や大衆性と結びつける傾向がみられることや、それが20世紀後半の文学批評やスコット評価、あるいは受容の空白に継承されている可能性について、20世紀後半を代表する文学史や現代の主要参考書シリーズ等を参照して検討した。 あわせて、2021年の生誕250周年記念行事における新たな視点の導入とその継続について追跡し、19世紀から20世紀にかけてのスコット受容の変容と、その新たな展開について考察、発表をおこなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
19世紀末から20世紀前半にかけて出版された英文学入門書や研究書の数や種類が想定よりも多く、その整理と分析対象の選択、分析に時間を要していること、20世紀前半にかけて出版された、歴史小説というジャンルについて論じる文献やガイド、歴史教育の分野から歴史小説の有用性を論じる新資料に関する英国での追加調査が引き続き実施不可能な状況であったこと、また、前年度までの調査の遅延により、関連文献の選定、購入が滞ったことが主な要因である。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度は、19世紀後半から20世紀前半にかけての代表的な英文学入門書や文学批評を中心に、そのスコットや『叢書』をめぐる文化的関心や文学的戦略について、文学批評の性格や文学作品分析の方法の変化、文化的アイデンティティにおける力点の移行との関係から引き続き検討する。あわせて、本研究を進める過程で明らかになった19世紀末における歴史小説というジャンルの一大流行と、それとの関連で重要性が浮上してきた当時の歴史小説案内書やガイド、歴史小説論について文献調査をおこない、その整理や出版実態の把握に努め、それら歴史小説案内書の全般的特徴、それらとスコット作品との関係等について分析する土台とする。それらをモダニズム期の主要文献における文学観やスコット評価と比較しつつ、英文学の制度化にとって重要な画期となる時期における歴史小説の一般的な流行や、歴史学ないし歴史書とのジャンル的近接性の意識が、その後の『叢書』受容の空白や広く歴史小説というジャンルの評価に与えた影響について考察する。また、こうして相対化された現代的視点からあらためてスコットと『叢書』が試みている歴史の語りを読み直し、その歴史小説の手法への再認識を促すことで、歴史小説のジャンル的特性の理解やその現代的意義、批評的射程の拡大に努める。 これらを通して、モダニズム期から20世紀後半にかけてのスコットや『叢書』受容の転回の具体的性格や文学史的意義について考察し、その理解をふまえ、現代的な問題意識との接続の試みを通した21世紀におけるスコットと歴史小説受容の「再転回」の可能性について検討する。そのため、関連の学会に参加するとともに、すでに入手済みの資料に加え、大英図書館ほか、英国の各図書館にて関連資料を調査、収集する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
再延期となっていた国際学会での発表が、諸事情に鑑み現地での対面形式ではなくオンラインでの参加となったり、国外での資料調査、収集が実施不可能な状況が続き、これらのために計上していた費用が持ち越しとなったこと、また、昨年度までの文献調査不足のため関連文献の選定や購入が遅れたことが主な理由である。これらについては、状況が改善し、国外調査が実施可能となった場合の費用、および関連文献の調査を進め、その購入やオンラインでの資料、データベースの入手費用等に充当する予定である。
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