2020年度、2021年度は海外出張が叶わず、やむなく研究期間の延長手続きをとることにした。2022年度については海外出張が万全の状態でおこなえる状況にはなかったが、国内で入手不可能な一次資料をBritish Libraryで収集するため、秋に出張をおこない、該当資料の閲覧とスキャンによるデータの収集をおこなうことができた。ここで得た資料は、本プロジェクトの核を成す<センセーショナリズム>の言説と深く関わっており、かつ当時の正典小説が正面切って言及できなかった高級娼婦に関する読み物である。ロンドン名物ともいえる彼女たち高級娼婦の存在は、現実の場で人々の目に触れ、またメディアを通じて広く大衆の間に浸透する言説であったにも拘らず、一方でその話題をタブーとする力も確実に働いており、そのことは、これほど話題性があり、社会的文化的な転覆力を孕んだ興味深い言説をあえて主題としないという正典小説のそぶりに如実に表れていると言える。このような危険なトピックを、大衆小説がどのような表現でどこまで描き切ったのかを正確に見極めるにあたり、その「大衆小説」というジャンルを形成する層に着目することが必要である。ヴィクトリア朝正典作家の代表格というべきDickensやGeorge Eliotが、センセーション・ノヴェルとの類縁性を孕んでいることはすでにこれまでの研究で明らかにしてきたところであり、よって、センセーション・ノヴェリストのなかの、より大衆性の強い作家や作品群、さらにはセンセーション・ノヴェリストという一派よりもさらに大衆色の強い層の作家・作品群を対象にした研究を進める必要がある。今回の出張で収集可能となった一次資料はまさにその層から生み出され、現存する資料として極めて価値の高いものである。今回の研究期間中、海外出張に関する困難に直面しつつも、本研究の当初の目的は十分に果たすことができた。
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