本研究全体の目的は、これまで蓄積してきた小説から映像へのアダプテーションについての考察を深化させるとともに、研究対象を「ザ・ワイヤー」をはじめとする最近のテレビドラマに見られる「ヴィジュアル・ノヴェル」というコンセプトへと拡大し、ディケンズの小説作品を軸にして言語表現と映像表現の関係を探究することであった。 研究計画には、アダプテーションのプロセスの根本となるオリジナル作品、すなわち、今回はディケンズの長編小説『荒涼館』(Bleak House)の作品分析についての研究成果を世に問うことが含まれており、この計画にしたがって、ディケンズ研究の国際的専門誌The Dickensianに研究論文を発表した。これはこの小説の語り手エスターの表現に独創的な解釈を加えたものである。 「ヴィジュアル・ノヴェル」に関しては、研究成果をディケンズ・フェロウシップ日本支部年度総会において口頭で発表した。21世紀のテレビドラマでもっとも頻繁にディケンズと関連づけられる「ザ・ワイヤー」は、ボルティモアを舞台にした、麻薬の売人たちとそれを取り締まる警察官を中心にしたドラマだが、単なる犯罪アクションではなく、ホームレスから市長まで、大都会に生きる人々の生態を幅広く描き、警察、学校、役所といった組織の腐敗・行き詰りをえぐる政治ドラマでもある。この発表では、鋭い社会風刺、多彩な人物造形、登場人物たちのネーミングのおもしろさ等ディケンズ的な特徴を持つこの作品が、一つの大都市を描き出そうという意図と犯罪がらみのエキサイティングなプロットを結合した点で、現代版『荒涼館』と言えることを論証した。 また、収集した文献・映像資料から、米国テレビドラマと我が国の大河ドラマとの比較に新たな可能性が見えてきたので、これを将来の研究に結びつけたい。
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