研究課題/領域番号 |
18K00416
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
渡辺 克昭 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 教授 (10182908)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | ポストヒューマン / ドン・デリーロ / 生政治 / 可塑的な生命 / 生成変化 / 人新生 / 人間中心主義の終焉 / 物質性 |
研究実績の概要 |
本研究の今年度の成果の一端は、日本アメリカ文学会関西支部第63回大会、フォーラム(於:龍谷大学、2019年12月14日)「メルヴィルとホイットマンの時代―生誕200年を記念して」において発表された。この発表に基づく論文「蘇るポストヒューマン・バートルビー―ドン・デリーロの『ボディ・アーティスト』を導きの糸として」、(『英米研究』第 44号、大阪大学英米学会、2020年、pp. 31-59.)では、Jacques Derrida、Gilles Deleuze、Giorgio Agambenといった現代思想家たちが、いかにHerman Melvilleの短編“Bartleby, the Scrivener”を受容してきたかを俯瞰したうえで、Don DeLilloのノヴェラ、The Body Artist (2001)を導きの糸として、この問題作を21世紀の現在から逆照射し、ポストヒューマンという視座より新たな読みの可能性を追求した。 本論では、参照先のないバートルビーとミスター・タトルに共通する孤児性、亡霊性、機械のごときコピー性、拒食性といった事象を検証したのち、無為の「異言」により、然りでも否でもない不分明の中間領域を拓く彼らのスピーチ・アクトを、非文法性、独創言語、トートロジー、時間などといった論点から考察した。そうした議論を通じて、“host/hostess”と “hostage”が織りなす「歓待」がいかにメルヴィルの語り手の “humanity”を脱構築し、zoe のごとき書写人が、どのような潜在力をもってポストヒューマンとして蘇るのかを明らかにした。バートルビーは、『ボディ・アーティスト』の出版年をもって始まる21世紀のpost-anthropocentricな文脈において、何にも還元不可能なpotentialを秘めた「独創人」として蘇ることが明らかになった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ポストヒューマン的状況への不安と憧憬は、21世紀英語文学の無意識にいかに働きかけ、どのようにポスト・ポストモダニズムを惑星思考によって開化させるのか。あらゆる事象は物語化された物質の相互作用により生起するという視座に立ち、新たな人間の存在基盤を再考しようとする本研究の意義は、多様なテクストに潜む物質と人間の入り組んだ接点をめぐる複合的な思索を学際的に解きほぐし、他分野では十全に展開できないポストヒューマン研究の新たな地平を拓こうとするところにある。 従来、テクノロジーや生命倫理の観点から論じられることの多かったポストヒューマニズムであるが、本年度は、19世紀以降の英語圏小説においてそのようなテーマで必ずしも論じられることのなかったテクストからも掘り起こしを行い、自己のテクノロジーがもたらすポストヒューマンとヒューマンが織りなす錯綜した接点に生じる情動や無意識を現代思想史の文脈から逆照射し、具体的に検証していく作業に特に時間を費やした。 これらと並行して引き続き、Foucault、Derrida、Deleuze、Agamben、Mortonなど、生命のありように関わる現代思想の最前線の知見を積極的に援用することにより、ポストヒューマニズムをめぐるバイオポリティクスを立体的に把握するとともに、時代精神を反照する映画、TVドラマ、SNS、医療・薬事言説等も射程に入れ、ポストヒューマン時代の生命哲学について分析を進めつつある。現時点において、ほぼ当初の計画通り年次計画を遂行することができ、全体として目標は概ね達成されつつある。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究では、21世紀の日常に加速度的に浸透するポストヒューマニズムへのヴィジョンが、多様な領域と問題系においていかに複雑で交錯する情動を発動するか、資本主義の未来との関係において、そのマトリクスと生成のダイナミズムを丁寧に解きほぐしていきたい。本研究の進捗とともに、人間増強の究極的な方向性として、逆説的に人類の終焉を惹起しかねない「ポストヒューマニズム」の問題系が浮上し、それが単に人間中心主義の終焉を意味するのではなく、自らを構築する物質性により自らを変容させることを宿命づけられた人類のアポリアを浮き彫りにする魅力的な文学的テーマであることが判明しつつある。身体化か脱身体化か、ヒューマンかポストヒューマンかという二項対立を脱構築し、自らの残滓でもあり他者でもあるポストヒューマン・ボディの問題系を具体的に物語の文脈に即して解きほぐし、資本主義の未来と絡めて人文学的な知を自然科学の知に接合していきたい。 とりわけ次年度以降は、新型コロナウイルスの大流行という人類に突きつけられた喫緊の課題を踏まえ、本研究は、ポスト・パンデミックの世界のありようとポストヒューマニズムの関係という新たな問題系も射程に入れ、これまでの研究を発展させていく予定である。今後とも進捗状況を的確に把握し、研究が当初計画通りに進まないときの対応としては、分析対象とする作家、メディアをさらに絞り込むなど、計画全体の整合性が損なわれないよう、適宜柔軟に組み替えを行い、研究期間中に必ず一定の成果が得られるよう調整をはかりたい。
|