本年度は、本研究の成果をより大きな視座から捉え直し、ポストヒューマン文学の思想史的展開の特質を総括した。 論文「ポストヒューマン・デザインの地平―ダン・ブラウンの『オリジン』におけるAIと「かぐわしき科学」のゆくえ」では、AIの光と翳を3つの「アート」を手掛かりに分析した。論文「囁き続ける水滴―ドン・デリーロの『ゼロK』における「生命の保守」」では、絶滅と進化が交錯する悠久の時間において、冷凍保存された身体がドゥルーズ的な「器官なき身体」へといかに変貌を遂げていくかを考察した。論文「蘇るポストヒューマン・バートルビー―ドン・デリーロの『ボディ・アーティスト』を導きの糸として」では、現代思想家たちの論脈を踏まえ、主人公がいかなる潜在力をもってポストヒューマンとして蘇るのかを明らかにした。論文「遺伝子のデザイン、記憶のデザイン―『オリクスとクレイク』における黄昏の代理「神」、スノーマン」では、遺伝子操作で誕生したポストヒューマンと主人公の錯綜した関係を分析した。論文「錯乱のコズモポリス―『マーティン・ドレスラー』におけるポストヒューマン的身体としての「ホテル」」では、主人公の拡張する身体としてのホテルの変容を、『コズモポリス』を補助線として読み解いた。論文「アメリカン・デモクラシーの逆説とそのゆくえー『マオII』と『沈黙』における自己免疫と来るべき「未来」」においては、地球規模のブラックアウトが人類なき惑星の長大な沈黙の時空を際立たせる一方で、詩人の沈黙がいかに五感を通じた眼前の事物への慈しみを炙り出しているかを分析した。 以上の考察を通して、ポストヒューマン的想像力においては、自らを構築する物質性により自らを変容させることを宿命づけられた人類のアポリアが前景化され、自らの残滓でもあり他者でもあるポストヒューマンとの新たな共生の枠組みが模索されていることが明らかとなった。
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