研究課題/領域番号 |
18K00417
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
遠田 勝 神戸大学, 国際文化学研究科, 教授 (60148484)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ハーン / 「耳なし芳一」 / オリエンタリズム / 民話 |
研究実績の概要 |
本研究は、「民話」が第二次世界大戦前後から、地方の口承文芸からナショナルな出版物へ、そして国語教科書、舞台、テレビ・アニメ童話、映画へと、ジャンルやメディアを超えて拡大発展するなかで、近代西洋ナラティブと異国情緒を語るオリエンタリズムが、どのような影響を与えていたか多面的に考察しようというものである。 本年度は、この研究の枠組みにもっとも適合するラフカディオ・ハーンの「耳なし芳一」をとりあげ、学術論文として「オリエンタリズムと「民話」のメディア展開――Lafcadio HearnのThe Story of Mimi-Nashi-Hoichiを例として」を2018年12月『国際文化学研究 : 神戸大学大学院国際文化学研究科紀要』第51号(p1-18)に発表した。 「耳なし芳一」は、ハーンの代表的傑作であり、国民的伝説といえるほど著名な物語であるが、ハーン以前にはそれほど流布しておらず、ハーン以後においても、口承物語としてはあまり人気がなかった。本論文で明らかにしたように、その少数の例外的な口承物語も、ほとんどはハーンを「書き直した」ものであった。その口承化をはばむ原因は、この物語がある段階から、いくつかの地名や人名と切り離せなくなったことにあると考えられる。物語の口承民話化には、多くの場合、地名や人名の変更によるローカライズが必要だが、それができなくなっていたのである。しかし、ハーンの傑出したナラティブと聴覚・視覚表現は、民話の次の芸術的展開、マンガ、アニメ、映画で歓迎され、「耳なし芳一」の高い人気と知名度は、むしろ、この現代における多面的なメディア展開に由来すると結論した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「耳なし芳一」については、先に述べた、過去の文字伝承、口承伝説、ハーン以後の民話への採用、そして文芸以外の芸術的展開、特にマンガ、アニメ、映画における作品化を、より具体的に取り上げ、メディアとジャンルの変更による、物語そのものの変化と、物語の芸術性の変化を多面的に論じる準備が整った。ハーンのそのほかの怪談、たとえば「雪女」や「貉」ついても、近代西洋のナラティブと異文化を語るためのオリエンタリズムに由来し、近代のマスメディアと不可分の関係にあると考えられる民話の追加事例として、同様の枠組みで論じる準備も整った。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の目的は上述したように、民話と近代西洋のナラティブおよびオリエンタリズムとの関係について、戦後の「民話」のさまざまなメディアへの展開を中心に多面的に考察することである。とりわけ重要なのは、第二次世界大戦後に、日本の伝統的物語の近代化として「創出」された「民話」が、敗戦後の国家・愛国主義的言説が禁圧された空虚をうめるかのように、安心して読める懐旧・愛郷の物語として受容されるようになる過程である。物語に地方的な方言や衣装、仕草を組み込むこと、いかにして「地方っぽくみせるか」というアレンジの手法こそが、戦後の「民話」の異常ともいえる高い人気を支えた技法なのだが、その発展・展開のなかで、近代西洋の「語り」と近代への批判的視座や、過去や辺境への憧憬を、エキゾチックな方言と仕草・衣装でくるみこむ、オリエンタリズム的「語り」の技法が採用されていくことになる。 そうした手法はテレビアニメ化された「日本昔ばなし」などで頂点を迎える。ここに使われた人工的な方言と、人物・風景の単純な描線と色彩によるデフォルメ、世界の民族音楽を効果音や主題歌に取り入れる技法、現代社会への批判的視座などは、明治のジャパノロジストらが創始した「日本」を語るオリエンタリズムの最終的な進化形とみなすことさえ可能だろう。ハーンという代表的オリエンタリズムの再話作家や、そのほか文芸化された日本の民話から、丹念に具体的事例を積み上げることで、「郷土」や「昔」の物語の組成が解明され、より広い文化的視野から、わたしたちが国土・郷土へ寄せる「愛着」と、「物語」との深いつながりを読み解く。
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次年度使用額が生じた理由 |
年度末に予定していた国内出張調査一件が、学内業務の関係で、実行できなかった。年度末だったため、年度内の実行を断念した。 使用できなかった金額については、断念した国内出張査を次年度に行い、申請した旅費に加えて、旅費とし使用する予定である。
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