シェイクスピアの歴史劇について考察する上で、女王一座が上演した英国史を題材にした歴史劇の存在を無視することはできない。今年度はまず最初にScott McMillinとSally Beth MacLeanによる先行研究をもとに女王一座の劇団構成や上演形態等について理解を深め、同劇団によって上演された英国史を題材にした歴史劇を精読した。McMillinの著作では、同劇団の歴史劇の重要性は指摘されているが、具体的には論じられてはいないことや、のちにシェイクスピアがこれらの劇を材源のひとつとして英国史劇を創作していくことから、今年度は『ジョン王の乱世』における歴史観について考察した。本劇は反カトリック、反スペインという当時の時代背景から判断すると、従来から指摘されているように反カトリックのプロパガンダ的色彩が強い劇と言えなくもないが、実際の劇構造を精査すると、本劇はマーガレットが劇中で述べるようにpro and contraの連続であり、複眼的な構造はフランス(国家、国王、民衆)とイングランド(国家、国王、民衆)という二構造だけではなく、イングランド内部がすでに複雑な視点で描かれている。したがって、結論にはまだ考察が必要だが、それほど単純に当時の時代背景を反映した反カトリック劇とは言い切れないと考えている。研究期間全体を通じて『サー・ジョン・オールドカスル』『ヘンリー八世』『ジョン王の乱世』『ジョン王』を中心に劇作品と周辺作品を考察した結果、歴史劇は劇作家の歴史的想像力が当時の時代背景からさまざまな影響を受けながら創作されたものであることを再確認することができた。海軍大臣一座や女王一座等の劇団が歴史劇の創作・上演に与えた影響については十分に踏み込むことができなかったが、女王一座については最終年度の『ジョン王の乱世』の考察から複数の問題点が指摘できたので引き続き検証を重ねていきたい。
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