本研究は、アメリカのモダニスト作家が執筆した自伝および自伝的作品の草稿調査を行い、それぞれの出版本と比較することによって、草稿が遺族ら第三者による編纂を通じてどのように書き換えられ、作品における「私」が脱構築/再構築されたかを明らかにすると共に、モダニズム文学における自伝の特徴を新たに見いだすことを目的としている。当初は2018年度から2020年度の予定であったが、コロナ禍によりアメリカでの草稿調査実施が叶わなくなったため、延長を申し出た次第である。
2022年度は勤務校の在外研究制度を利用し、アメリカに1年間滞在する機会を得た。コロナ禍による制限はあったものの、ボストンのJFKライブラリーでヘミングウェイの草稿調査を、プリンストン大学でフィッツジェラルドの草稿調査を、またニューヨークでスタインやヘミングウェイの資料収集を行うなど精力的に調査を行うことができた。客員研究員として所属したハーバード大学には、ヘミングウェイが書いた書簡や原稿が(コピーではなく)そのままの形で公開されており、使用した筆の違い(鉛筆や青ペン)によって時系列が判るなど新たな発見につながる経験もできた。
2022年度は上記の調査と並行して、草稿のデジタル化とその分析を行うことに終始した。特に「私」の描き方に関しては、いずれの作家も複層的・複合的な「私」(私的な自分と公的な自分、本音を吐露する自分と建前を重視する自分など)を実現させるべく、実験的な取り組みをしようとする形跡が確認できた。またそうした特徴が1920年代のモダニズム芸術の最盛期だけでなく、各々の作家の後年においても見られることが分かった。2022年度に公開された成果は共著論文(「第一次世界大戦とパンデミックの分水嶺――革新性、アポリネール、「昔のパリ」)である。
|