研究課題/領域番号 |
18K00437
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
藤井 光 同志社大学, 文学部, 教授 (20546668)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 現代アメリカ文学 / グローバル化と小説 / 土着性 / 翻訳 / 共感 |
研究実績の概要 |
本研究の骨組みは、21世紀のアメリカ小説において進行するグローバル化のなかで、「土着性」がどのように表象されているのかを考察することである。その課題を探求するにあたって、当該年度は「共感」をめぐるアメリカ文学の動向を考察の対象とした。フィクションのもたらす効果としてしばしば取り上げられる「共感」が、国民国家という形で担保されるのか、それとも国籍を超えた他者との連帯を重視する方向に定められるのか、という点が、グローバル化と土着性をめぐる議論に浮上してきているからである。 上記の視点から、2018年度は以下の研究活動を行なった。 1)21世紀の小説における「共感」と「観光」の接点についての学会報告(日本アメリカ文学会全国大会シンポジア)。報告内容は論文化を終えており、2019年度に『北海道アメリカ文学』より刊行される予定である。 2) 土着性とグローバル化の接点について、「空」をキーワードとする論文執筆。すでに論文は提出済みであり、共著書として『空のアメリカ文学』(仮題)に収録される予定である。 3)移民・難民を主題とする小説の翻訳。2018年度にはハンガリー系の作家レベッカ・マカーイの『戦時の音楽』、ブルガリア出身のミロスラフ・ペンコフ『西欧の東』の二作を刊行したほか、文芸誌『すばる』に日本出身のユウコ・サカタ作の短編『こちら側で』、『新潮』にアメリカ作家ジェン・シルヴァーマンの「白人たち」の翻訳を掲載した。2019年度にはモーシン・ハミッド(パキスタン出身)の刊行を予定している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「土着性」という問題を取り上げるにあたって「共感」というキー概念からのアプローチを設定し、フィクションによって発生する他者への共感という現象に「観光」との類似性を見出したことにより、物語を共有する「共同体」と現代作家たちの活動の関わりをより明確に考察することが可能となった。アンソニー・ドーアやジョージ・ソーンダーズといったアメリカ作家たちは、合衆国の「リベラル層」に近い価値観から、前者は国境を超えた共感を呼びかけ、後者は合衆国の国土に根ざしたナショナルな共同体の喪失を嘆く、という方向に向かう。それはグローバル化の表裏を比較的単純に映し出す鏡であるが、一方でハミッドやインド系のカニシュク・タルールといった移民作家たちは、移動する者たちが自己利益の最大化という新自由主義の論理を内面化していることを自覚的に描き出しており、みずからを取り巻く状況をより批評的に作品の構造に取り込むことに成功している。その「ずれ」をどのように批評の舞台に上げていくのか、が今後の課題として設定されるべきだろう。
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今後の研究の推進方策 |
21世紀の小説において浮上する、「観光」や土着性との問いを、アメリカ作家にとどまらず検討していくことが必要になるだろうと思われる。より具体的には、アジアをはじめとする非英語圏あるいは半英語圏から登場する、英語で書かれた小説・文学作品を取り上げ、そこに現れる共同体意識を考察することが今後の課題となる。フィリピンやシンガポール、あるいはタイやベトナムといった各地から、あるいはその各地を背景として書かれた小説における「共感」や「共同体」の問題を取り上げ、海外の学会での口頭報告をもとに論文化を目指したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度には作家へのインタビュー取材に伴う出張を予定していたが、最終的にはメール取材の形をとることになり(2019年3月刊行の雑誌『VOSTOK』掲載のセス・フリードへのインタビュー)、使用残額が生じた。2019年度は海外学会への参加・および作家への取材と現地調査(英語化する社会における土着性と文学作品との関わり)を予定しているため、順調に使用できる見込みである。
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