研究課題/領域番号 |
18K00437
|
研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
藤井 光 同志社大学, 文学部, 教授 (20546668)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 現代アメリカ文学 / 土着性 / 英語文学 / 東アジア |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、グローバル化・無国籍化の度合いを強める傾向にある21世紀のアメリカ文学において、特定の土地や歴史に対する密着性がどのように描かれているのかを検証することを目的としている。そのなかで、当該年度は次のような研究を行った。 1.アメリカ文学の伝統において常に重要なモチーフを提供してきた「ロード」あるいは旅の物語が、2010年代の小説家たちにおいては、アメリカやアメリカ人の姿を発見するのではなく、むしろ空からアメリカを見つめるという相対化された視点を導き出していること(『空とアメリカ文学』所収論文)。 2.1960年代のカウンターカルチャーの遺産が、21世紀に入って資本を動かす論理として包摂されている現状において、社会に対する異議申し立てではなく社会の歯車と化しつつある文学や作家という自己を、作家たちが冷ややかな視線で見つめていること(『ヒッピー世代の先覚者たち』所収論文)。 以上の研究成果に加え、書肆侃侃房におけるウェブ連載の執筆陣に参加し、シンガポールやフィリピン、マレーシアなど、アジアにおける英語文学の現状を考察した。文学と土着性の問題が、一国家にとどまるものではないことを考察する契機となったと考える。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度の研究においては、土着性とは異なる視点からアメリカを相対化する作家たちの試み、あるいはアメリカを相対化していく経済体制における作家たちの自己意識の表出を考察することができた点で、研究は進展したと考える。また、おもに東アジアにおける英語文学が、やはり「土着性」との緊張関係を取り込む形で作品を生み出していることも大きな収穫だったと言える。 また、アメリカに密着するようにして創作する作家たち(デニス・ジョンソン、ヴィクター・ラヴァル、ニック・ドルナソ)の翻訳を刊行したことで、アメリカ文学の現在地点については広くアウトリーチする機会も得られた。 ただし、年度終盤にかけてはコロナウイルスの感染拡大にともない、学会発表と作家へのインタビューをそれぞれ一つずつ断念することになった。
|
今後の研究の推進方策 |
2020年度は海外での学会参加や調査活動、資料の入手が困難であるという制約があるが、2020~2021年度にかけて、以下の研究活動を予定している。 1.新自由主義の時代における「創作」と作家たちの自己把握について。1980年代から進行する新自由主義経済における「クリエイティビティ」と個人主義の強調において、作家はひとつのモデルとして中核に位置づけられている。そのような体制において、実際にアメリカ作家たちは創作するみずからを投影するキャラクターを作品中に登場させ、創作と社会との関係を問い直そうとしていると思われる。 2.「歴史」という主題の後退と、移民作家の位置付けの経年的変化について。歴史という主題への関心が薄れたグローバル化した文学において、移民作家に個別の「歴史」を語るという主題を積極的に期待する潮流が存在するように思われる。それに対し、当の移民作家たち(ポール・ユーン、カニシュク・タルールら)が、どのように書き手としての位置を把握しつつ創作しているのかを検討したい。 3.アジアにおける英語文学と「ホーム」の関係について。植民地時代には宗主国の言語であった英語を、グローバル資本主義の時代において使用しての創作は、土着の言語や文化に対して二重にねじれた関係性において進行せざるをえない。それがペルシャ湾諸国への出稼ぎであれ(ミア・アルヴァー)、東南アジアでの移民労働力斡旋であれ(ターシュ・アウ)、創作をめぐる問題意識において通底する要素を探ることは、英語圏文学の今後を考えるうえである程度必要な作業であると思われる。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2019年度においては、2020年3月にシンガポールの英語文学に関する調査(作家へのインタビューを含む)、および東京で行われる学会シンポジウム(東京大学沼野充義退官行事の一環)での支出を予定していたが、コロナウイルスの感染拡大の影響から、前者は渡航が困難となり、後者は学会そのものが中止となった。そのため、予定を下回る支出額となった。
2020年度においても、出張を伴う活動の支出は実施が困難であるため、本格的に支出が可能になるのは2021年度以降になると予想される。
|