研究課題/領域番号 |
18K00440
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研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
伊藤 正範 関西学院大学, 商学部, 教授 (10322976)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 英米文学 / イギリス小説 / 群衆 / リテラリー・マーケット / 商業 / 市場 / モダニズム |
研究実績の概要 |
研究事業初年度である本年は、Dickensを起点とし、Charlotte Bronte、Gaskell、Conradにおける群衆表象の変遷を辿った。これは本研究事業の序論に位置づけられるものであり、Le Bonの群衆理論において「新時代の群衆」と定義される、ジャーナリズムを媒介とする大衆の形成への過程を検証した。具体的にはBarnaby Rudge、Shirley、North and SouthからThe Nigger of the “Narcissus”に至るまでの群衆表象を精査することで、外的な武力によって「鎮圧」される群衆から、内的な動機づけによって自らの暴走を「悔悛」する群衆へと、群衆表象が変遷していくことを見出した。また、その背後において作用しているのが、労働運動の拡大と成功に伴い、労働者たちがメディアを介して達成しつつあった好意的パブリシティーであることも明らかにした。成果は論文「『北と南』における「恥じ入る」暴徒とヴィクトリア朝小説にたどる群衆表象の変遷 」として発表した。 さらに本研究事業の主要テーマであるリテラリー・マーケットの変容と初期モダニズム小説形成との関連を探るため、Wells, Tono-Bungayにおける群衆表象を分析した。本作が主人公によって執筆された小説であるという設定が語りにおいてたびたび強調されることに着目すると、メインプロットとなる専売薬「トーノ・バンゲイ」の成功譚が、人気小説を次々に出すことで財を成したWells自身の伝記的背景と大きく重なることが見えてくる。これは小説が市場において流通する〈商品〉であるという洞察につながるものであり、この発見によって、初期モダニズム小説の形成に広告や読者(購買者)の存在が不可分に結びついていることを立証できた。成果は論文「『トーノ・バンゲイ』に見る商業主義と〈商品〉としての小説」として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ヴィクトリア朝期の小説における群衆表象の変遷を通史的に辿る序論的な研究を完了し、さらにTono-Bungay論を通して、初期モダニズム期の小説におけるリテラリー・マーケットとの関連についての議論構築を部分的に完成させることができたため、当初予定していた研究計画を順調に遂行している。
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今後の研究の推進方策 |
初年度の研究成果を踏まえながら、W. E. HenleyやJames Pinkerなどといった文芸エージェントや、当時の小説の発表媒体としてポピュラリティーを獲得していたBlackwell’s Magazine、The Pall Mall Magazine、The New Reviewなどの文芸誌に焦点を当て、小説の連載や書籍版出版に際して、どのような市場力学が働いていたかを調査する。その上で、リテラリー・マーケットそのものがLe Bonの定義する「新時代の群衆」と密接に重なり合うという前提のもと、大衆と市場との関連が小説の形成に際してどのような影響を与えていたかを、さらに掘り下げていく予定である。具体的な分析対象としてはCharles Dickens, Oliver Twist、Elizabeth Gaskell, Mary Barton、Thomas Hardy, Jude the Obscure、Joseph Conrad, The Secret Agentなどを想定している。 一次・二次資料の調査に当たっては、引き続き国内外の書店経由で資料入手することを前提とするが、上に挙げた当時の文芸誌の調査に際しては、イギリスへの海外出張を予定している。 研究成果は随時論文として公表していく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
資料調査をより効率化するため、予定していた国内出張による資料調査を取り止め、次年度において海外出張による資料調査を行う際に、一括して対象資料を調査することにした。生じた残額は左記の海外出張に際して使用する予定である。
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