本研究の目的は、ウェルギリウス『アエネーイス』(Publius Vergilius Maro: Aeneis)と、その古仏語への翻案ヴァージョン(作者不詳:Le Roman d’Eneas)と中高ドイツ語への翻案ヴァージョン(Heinrich von Veldeke: Eneasroman)を比較考察し、物語構造の変遷と時間概念の転位を中心に、古典古代の文学素材の盛期中世における受容方法を調査することで、その「汎ヨーロッパ化」「普遍化」「共通財化」のプロセスと本質を明らかにすることである。 本研究の方法は、アエネーイスのラテン語原文と古仏語・中高ドイツ語翻案版のテクストを比較検討し、物語の「統一的時間軸」の確定手段と、その変遷を調査する。物語における「統一的時間軸」確定手段を次の2点において捉える:1. 動詞時制・接続詞・副詞等の文法カテゴリーによってエピソードの前後関係を明確にする。2. エピソード連結の終結(区切り)を納得させる「終止感・解決感」を内容的に(倫理的にあるいは価値観的に)明確にする。 研究の最終年度において、当初の計画通り、これまでに個別に精査の終わったアエネーイスのラテン語原文・古仏語翻案・中高ドイツ語翻案の3本のテクストの時間表現の総合的な比較考察を行い、十分な結果が得られた。しかし更に研究を発展深化させるためには、古典ラテン語テクストと中世ヴァナキュラー語翻案テクストの比較対照の間に、更に中世ラテン文学という対象を置くことが不可欠であるという結論を得るに至った。この関連で、中世ラテン文学最大のラテン語詩文集成『カルミナ・ブラーナ』の成立・再発見・受容の歴史を考察し、本研究を発展的に閉じると同時に、次の研究テーマへの足がかりとした。
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