研究課題
第二次世界大戦後の世界に大きな影響を与えた作家・思想家ジャン=ポール・サルトルの文学と思想、およびフランス実存主義が1950年代から独立の機運が高まり、次第に独立を獲得していくことになる第三世界の知識人たちに大きな影響を与えたことは言うまでもない。アルベール・メンミやフランツ・ファノンの著作、あるいはネグリチュードの詩のために書かれたサルトルの序文はしばしば考察の対象となってきたが、実存主義のインパクトがどのようなものであったのかについては、いまだその全貌が解明されてきたとは言いがたい。そのためには、文献読解だけでは不十分であり、文献研究を実証的なアプローチと組みあせて考察することが必要である。本研究の目的はこのような立体的なアプローチにより、フランス実存主義と第三世界の知識人の交流を実態を明らかにすることにある。初年度である2018年は膨大な資料を丹念に読み込み、時系列で整理する作業を行った。とりわけアルジェリア戦争(1954-1962)を中心に、実存主義と北アフリカの関係を対象とし、いわゆるカミュ・サルトル論争関連の文献を精読して分析した。また、同時代の北アフリカの植民地およびフランスの状況についても資料を精査した。それを基に第三世界の作家や知識人たちにどのようなインパクトを与えたのかについても分析を試みた。パリ第8大学のフランソワ・ヌーデルマン教授と共同でカリブ海の思想家グリッサンについて考察を行ったほか、ラバト大学のアシア・ベンハビブ教授らのグループとアブデルケビル・ハティビを中心に知識人の役割についてのシンポジウムを行った。また、第三世界の作家ではないが、フランスの植民地インドシナ生まれのマルグリット・デュラスを通じて、植民地と文学についても考察を行った。
2: おおむね順調に進展している
予定していた文献収集、資料解析の作業はきわめて順調に進行しており、共同研究者たちとの作業も滞りない。その意味で研究はほぼ順調に進展している。調査を進めるとともに、一般の思想史の表面に現れる名前とは異なる地下水脈での人間関係が浮かび上がってきたことは大きな収穫と言える。だが、本課題の対象をより明確に捕らえるためには、これまで検討した視点だけでは不十分なことも感じている、今後さらに努力を重ね、問題をより多角的・重層的に捉える視座を築きたいと考えている。また、研究をさらに発展させるため、他分野の研究者ともより緊密に連携し、新たな研究領域の開拓にも務めたい。なお、アルジェリアでの政情が不安定なため、今回は予定していた調査旅行は見合わせることにした。今年度の成果としては、カリブ海への実存主義のインパクトに関しては2018年6月にパリで行われた国際シンポジウム〈エドゥアール・グリッサン群島〉において、モロッコをはじめとする北アフリカとの関係に関しては2019年3月にモロッコのラバトで行われた国際シンポジウム〈アブデルケビル・ハティビの遺産〉において、それぞれその一端を口頭発表することができた。その一方で、第三世界への影響が翻訳とも無関係でないことにも着目し、パリ=ディドロ大学の坂井セシル教授とともに、日仏会館で世界文学と翻訳をテーマにしたシンポジウムを開催し、現在、その報告書を書籍化すべく進行中である。また、グリッサン、ハティビ、デュラスの問題に関する考察は、それぞれ論文ないしは書籍化に向けて作業を続けている。
2019年度以降も引き続き、基盤となる文献調査を続ける。とりわけ、アフリカとカリブ海を結ぶ稜線をエメ・セゼール、サンゴールなどのネグリチュードの作家、『プレザンス・アフリケーヌ』誌などを通して対象とする。サルトルはファノンの遺作となる『地に呪われたる者』への序文や「黒いオルフェ」などは第三世界の知識人が抱える問題を鋭く抉り出した。だが、第三世界の知識人へのインパクトそのものを多角的に捉えるためには、サルトル自身と直接関わらない人物たちも対象とする必要があるように感じられてきた。そのため、画家や音楽家(ジョアン・ジルベルト)などにも着目したいと考えている。さらに、サルトルが訪れた南米への現地調査も行う予定である。これまで、緊密に連絡を取りながら何度も会合やシンポジウムを行ってきたジル・フィリップ(ローザンヌ大学教授)と連携して、2020年度には、実存とジェンダーをテーマにした国際シンポジウムを開催したいと考えており、その準備を始めることにしたい。今年度は、サルトルの『文学とは何か』を日本に紹介した加藤周一にも光を当てたい。加藤はまさにサルトルの知識人問題に根ざしながら、アジア・アフリカ文学の問題ときわめて具体的に関わった人物であり、実存主義と第三世界の関わりを理論的な側面から考察するための補助線になると考えるからである。具体的には、立命館大学の加藤周一文庫を調査するとともに、9月に行われる加藤周一シンポジウムに参加する予定である。
購入予定していた海外の書籍が年度内に届かなかったため。翌年度の予算で予定の書籍を購入する。
すべて 2019 2018 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 6件、 招待講演 7件) 図書 (3件)
『立教大学フランス文学』
巻: 48 ページ: 99-124