研究課題/領域番号 |
18K00464
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
山本 浩司 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (80267442)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | アヴァンギャルド / ドイツ文学 / ウィーン・グループ / 多言語性 / 翻訳 / コラージュ / ヘルタ・ミュラー / ウィーン派 |
研究実績の概要 |
20世紀のアヴァンギャルド文学運動は出発点のダダからして国民文学の枠を超える国際的な運動だった。国際化が進行するなか人的移動と交流が進み、多言語的な環境で生まれ育った作家たちが増える一方の今世紀、ますます国民文学の限界が見えてきた。これを踏まえて本研究は、海外の研究者らと連携しながら、ドイツ文学の正史が看過してきた言語実験的なドイツ戦後前衛詩の意義を50年代のウィーン派からトーマス・クリング、オスカー・パスティオールを経て今日の詩人たちに至るまで歴史的に辿り、特にジェンダー論、アートとのインターフェース、多言語性(翻訳)、政治的挑発性と言語遊戯という四つの観点から戦後アヴァンギャルドの歴史的限界と後続世代による限界克服の可能性を検証しようと試みている。 初年度の今年は四つの論点からとくに「アートとのインターフェース」と「多言語性」に焦点を当て、ルーマニアのドイツ人少数民族を出自とするヘルタ・ミュラーの写真と活字を使ったコラージュ詩、そして東ドイツの崩壊期に書かれた言語実験的な詩から社会主義の計画経済の破産を象徴する廃坑・廃屋を扱ったヒルビヒとブラウンの詩を選んで重点的に取り組んだ。ミュラーの詩にあっては言語を音節や文字にまで解体することで、ルーマニア語要素など言語の潜在的オムニフォン性を押し進めていることが明らかにされた。この詩的方法がいかに長編小説の創作にも取り込まれているかを日本独文学会誌に投稿するとともに(印刷中)、彼女のコラージュ詩の歴史的アヴァンギャルドとの違いについてトリア大学で開催される国際学会で発表する。またポストDDR時代のアヴァンギャルドについても、政治批判と言語遊戯との共生を指摘した論文をドイツで刊行される国際学術論集に投稿して採用が決まった。このほかパスティオールやモニカ・リンクについても2019年度の国際学会で発表するために準備を着実に進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、本研究計画とは別に、デーブリーンの大長編小説の共訳という大仕事が入ったことと中国と台湾の大学からの招聘講演などの仕事に時間を取られたため、当初計画で力点を置くはずだったウィーンの戦後アヴァンギャルド文学運動についての研究は想定ほどは進まなかった。 それにもかかわらず、「おおむね順調に進展している」という自己評価を下したのは、ノーベル賞作家ヘルタ・ミュラーのコラージュ詩のアクチュアリティについて、盟友オスカー・パスティオールのフレーブニコフ翻訳の方法などと絡めあわせることで、新しい知見を得ることができ、それについては日本独文学会学会誌に独文の査読論文が採用されるなど誇るに足る学術的な成果をあげられたことによる。 またいわゆる壁崩壊のポスト=DDR文学に見られるアヴァンギャルド性についてもフォルカー・ブラウンとヴォルフガング・ヒルビヒの廃坑をテーマとした叙情詩作品を比較検討し、戦後の希望にあふれた時代との違いをテーマばかりか文体レベルで検証することができた。これについても、ドイツで刊行される学術論集に掲載されることが決まっている。なおパッペンフス=ゴレークら転換期の代表的なアヴァンギャルド詩人を検討しなければならないが、一定の成果は上げられたと自負している。 さらにパスティオールとモニカ・リンクの寄生虫的翻訳というテーマにも当たり、パスティオールのフレーブニコフ翻訳やリンクのローラ・ライディング翻訳を手掛かりに、ボードリヤール、デリダ、セールらの「パラジット」論を援用しながら研究を進めており、その成果は6月にローザンヌで開催される International Network for the Study of Lyric (INSL)の国際学会「The Between-ness of Lyric」で発表し、専門家たちと議論して、よりいっそうの精緻化をはかるつもりである。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度にはすでに本研究の成果を国際的に発信するために5月ヘルタ・ミュラーのコラージュ詩(ドイツ学術振興会研究チーム2603、トリア大学)、6月パスティオールとリンクの寄生虫的翻訳(INSL、ローザンヌ)、6月ミュラーにおける翻訳の詩学(日本独文学会、学習院大学)、7月ヒルビヒと地殻変動(マールバッハ文学資料館)、7月リンクの翻訳の詩学(日本独文学会阪神支部大会、神戸大学)、8月ネオ=ジャポニスム(アジアゲルマ二スト会議、北海学園)で発表することが決まっている。上半期はこれらの準備に集中するとともに、国内外の研究者との学会の場での意見交流を通じて、問題整理を進める。 遅れているウィーン派ならびに歴史的アヴァンギャルドについても、8月から集中的な取り組みを再開し、特に、ホモソーシャルだったウィーン派に対して新しい観点を用意するために「ジェンダー」の問題に力点を置く。ハンナ・ヘーヒら歴史的アヴァンギャルドで存在感を示した女性作家たちの歴史的位置付けを改めてする一方で、戦後ウィーン派周辺にいたマイレッカーやゲルストゥル、さらにその遺産を継承して新機軸を出したイェリネクらの言語実験的試みの査定を試みる。 彼らの言語実験を読み解くには、オーストリアの研究者たちとの交流が欠かせないので、9月もしくは12月、3月にウィーンに数週間ほど滞在して、資料の収集とともに、意見交換を進める。それらの成果を踏まえて、早稲田ドイツ語学・文学会や日本独文学会などで研究発表を行い、その上で、査読制雑誌に投稿して、研究成果を専門家の厳しい審査に委ねるつもりである。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度に複数回ヨーロッパでの研究発表が2018年度中に確定しており、2019年度の当初予算では大幅な不足が想定されたために次年度分として請求した。 合算された助成金の使用計画は、その大半の5月のトリア大学、6月のローザンヌ大学、7月のハンブルク大学とマールバッハ文書館での発表のための海外旅費に当てる予定である。
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