本研究は、1830年代から19世紀末まで(映画の出現、子ども向け絵物語の出現以前)の長篇絵物語および物語的構造を含むカリカチュア、特にフランス語圏を対象として、絵物語がなぜ旅・交通をテーマとして表現技法を発達させたかを多面的に考察するものである。 絵物語は、社会諷刺と連載小説の中間領域として(1)典型人物(アンチヒーロー、愚かな面を持つ)の諷刺、(2)絵と文が相互に作用する語り・レイアウトを利用した時間・空間の修辞的表現の2つが可能なメディアであり、旅・冒険はこのメディアの特徴を最大限に生かすことができる題材である。 2020年度には、19世紀フランスの絵物語における旅・交通のテーマに関する暫定的なまとめとして、レオンス・プティ『ベトンさんの災難』(1868)の解読と翻訳を行った。プティは、画風・主題・表現技法からギャグのレベルまで、スイスのロドルフ・テプフェールから影響を強く受けた画家・挿絵画家として知られる。徒歩、馬、駕篭、馬車、船などによる旅を物語構造に生かしたテプフェールに対し、プティはオスマンによる都市整備事業や万博を背景としたフランス第二帝政期の鉄道や乗合馬車、下水道網を冒険物語に組み込み、急速な都市化への不安をにじませた教養小説風絵物語に仕立てた。また『べトンさんの災難』にアルジェリア兵が登場する点もテプフェールの絵物語と共通するが、第二帝政期フランス社会におけるアルジェリア人の位置づけは、1830年代とは大きく変化している。帝国主義と絵物語との関係については、今後継続して取り組むべき課題として位置付けている。
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