1年延長した研究期間の最終年度である2023年度には2019年度以来初となる海外出張を行い、ヘルシンキ、ワルシャワの図書館で資料収集を行った。結果として、国内機関およびオンラインで入手できる資料のみに頼っていた3年間の研究を補うことができたのみならず、ポーランド語資料の活用など研究に新たな視点を加える可能性も見出すことができた。とりわけ本研究の柱の一つである対ナポレオン戦争とロシア文学との関わりというテーマにおいてポーランドというファクターの持つ意味は大きい。一方で一部の資料(特に18世紀~19世紀初頭の雑誌資料)の充実度はモスクワやサンクトペテルブルクの図書館に比べれば格段に劣るため、当初の構想に比べて研究活動が遅れたことは否めない。 2023年度はエカテリーナ二世の執筆した戯曲の分析にも取り組み、その成果は10月に行われた日本ロシア史研究会において「エカテリーナ二世期の言語文化における『ロシア』―ロシア史を題材とするエカテリーナ二世の二つの史劇をめぐって」と題して報告した。また近代ロシアの「ロシア」形象を考える上で一つの核となる対ナポレオン戦争のテーマについては、今年度に収集した資料も用い、特にレールモントフの詩を軸とした研究を続けた。近日中にまとめて刊行する予定である。 研究期間全体としてはまとまった研究の刊行が遅れたが、一方で研究の過程で得られた知見の社会発信を積極的に行うことができた。特に本研究の主題である「ロシア」形象およびその基底にあるロシアの文化的アイデンティティの問題は、ロシアによるウクライナ侵攻によって図らずも社会的な関心の的となった。一般向けのメディアやイベントを通じて行った18世紀ロシア文学における戦争表象やロシア文化に対する向き合い方といった問題に関する発信には本研究の成果が大きく反映している。
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