本研究は、1990年代以降のドイツで広く展開している「想起の文化」を、種々の空間実践を例にとって調べた。とりわけ、再統一後のベルリンに誕生した歴史展示施設、モニュメント、パグリックアートを対象にして、ナチズムの負の過去の批判的見直しが、新たな首都の記憶の景観にどう翻訳されているのかをを調べた。 今日のベルリンの記憶の景観を刻印している、ナチズムの過去をテーマとする種々の「想起の場」の設立の経緯を見ると、ある一定のパターンが見られる。戦後ドイツでは、ナチズムの負の過去は広範に不可視化された。(西)ドイツで1980年代以降、市民を主体として、ナチズムの加害の現場がマークされ始めた。当初はまだ周縁的で対抗的だったこの「下からの想起」の運動は、再統一後、ベルリン州や連邦政府の公的な記憶政策に吸い上げられ、制度的に支えられるようになった。こうして、今日のドイツを特徴づける自己批判的で脱中心的な記憶の景観が生まれた。その背景には、現在の民主的社会を維持しようとする市民社会の努力、そして、冷戦後の新たな国政秩序の中で、西側の価値共同体の一員として自己を正統化しなければならない連邦共和国のアイデンティティ・ポリティクスがある。 また、ナチス犯罪を自国で想起するという特殊な課題から、ドイツでは、新たなタイプのミュージアム、モニュメント、パブリックアートが生まれた。本研究では、それらのデザインとその背景にある問題意識を分析することで、記憶の表象文化におけるそれらの革新性と、場合によってはその問題点を考察した。 2023年度はベルリンとヴァイマールでフィールドワークを行ない、ナチズムの過去を都市空間で指し示す「想起の場」の事例について資料を収集した。また、本研究の成果を公表するために準備している単行本 『想起のトポグラフィー:ホロコーストの記憶と空間実践(仮題)』の執筆(特に終章)を進めた。
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