研究課題
歩行の批評性と創造性の源泉は経路の自由にあると考えられる。散歩や遊歩の自由を裏面から照らし出すため、2018年度は特に経路があらかじめ定められた移動に焦点を絞って考察し、とりわけジュリアン・グラックの『狭い水路』に描かれた舟旅をとりあげた。2019年度もこの問題意識のもと、ミシェル・ビュトールの『心変わり』に描かれた鉄道旅行を歩行との対比において考察した。この作品は主人公が列車で定められた鉄路を進み翻意するまでを描くフィクションであり、回想や予想を通じての〈経路の反復〉やそれによってもたらされる微妙な差異によって主体の認識が深まっていく様子が示されている。ただし、グラックの場合とは異なり、認識が深められていくのは外界ではなく主体の内面である。小説の詳細な読解の過程で、研究代表者は鉄路による制約の機能が、テクスト上でのウリポ美学と類比的な関係にあることに気づいた。というのも、本小説の旅行者において、心の奥底で無意識のうちに主体を規定しているものが、路線という明示的な制約によって暴き出されているからである。ウリポの創設者クノーによれば、インスピレーションに頼ることは、あらゆる衝動に盲目的に従うことを意味し、実際には隷属状態に過ぎない。この認識から、いくつかの知悉した規則に従う創作をむしろより自由なものとみなす、ウリポ美学の淵源が導かれたのである。グラックにおいてもビュトールにおいても、身体の移動を制限する〈実存的制約〉によって主体が出会っているのは、彼らが望んでいなかったもの、期待していなかったもの、つまりは〈未知なるもの〉であるが、それこそが、主体の世界理解や行動の決心において大きな役割を果たしていることが明らかとなった。今年度の考察により、ウリポ的な制約の概念を拡張することによって、制約の生産性は、〈未知との遭遇〉にこそあるのだということが分かった。
2: おおむね順調に進展している
歩行そのものの考察にはいまだ十分に取り組んでいないが、歩行と対極をなす〈制約された移動〉については、新たな発見がなされており、当初の計画とは若干重点が移動しつつあるものの、全体としては生産的に研究が進行している。
歩行をテーマとするテクスト、具体的には、フロベール『感情教育』、モディアノ『ドラ・ブリュデール』、グラック『ひとつの町のかたち』等の考察・分析を進め、都市と歩行の関係、とりわけ主体によって意識されない制約と歩行の関係を具体的に明らかにしたい。
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Cahiers Georges Perec
巻: 14 ページ: 313-322
仏語仏文学研究(東京大学)
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Le Cabinet d’amateur. Revue d’etudes perecquiennes (revue en ligne) [URL : http://associationgeorgesperec.fr/le-cabinet-d-amateur/]
巻: 19 ページ: 57-62
文学と環境
巻: 22 ページ: 5-13