研究課題/領域番号 |
18K00482
|
研究機関 | 愛知県立芸術大学 |
研究代表者 |
大塚 直 愛知県立芸術大学, 音楽学部, 准教授 (70572139)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | ホルヴァート研究 / ヴァイマル共和政 / ナチ時代 / 民衆劇 / バイエルン革命 / 女性差別 / 戯曲分析 / 抵抗文学 |
研究実績の概要 |
科研費をいただいてから三年目、本来であれば最終年度となる予定であったが、折からの新型コロナウィルスの猛威により、予定されていたベルリン渡航を断念せざるを得なくなった。 研究期間の延長申請を行い、現地視察と資料蒐集は次年度以降の課題としたが、今年度の研究成果として、まず学術論文を一本発表した。「亡命時代のボヘミアンたちのラプソディ」がそれで、本来はバイエルン作家として活動をスタートさせたはずのホルヴァートがなぜナチスの政権奪取後、別なハプスブルクの文化圏へと回帰せざるを得なかったのか、作家の資質や当時の社会状況などから、同じバイエルン作家のグラーフやブレヒトと比較考察することで明らかにした。生粋のバイエルン人でありナチス台頭に責任を感じていた左翼系の作家に対して、ホルヴァートは一匹狼タイプのアウトサイダーであり、歴史的状況のなかで圧殺される個人に関心を抱いて創作活動を行っていたことが分かった。 次に、2021年のホルヴァート生誕120年を記念して、劇団・東京演劇アンサンブルから代表作『ウィーンの森の物語』の翻訳・ドラマトゥルクの仕事を依頼された。公開の事前学習会でレクチャーを行ったり、また上演後のアフタート-クを通じて、研究対象の作家について一般の方々にも広く紹介することができた。公演を準備するなかで、第一次大戦後の新しい民主主義の時代を生きようとした当時の女性たちが、自己実現を求めることで逆に社会的に転落していく様子に、ホルヴァートが強い問題意識を持っていたことが明らかとなった。また、本作の公演を通じて、従来は外部世界の行動に劇的葛藤を求めていた西欧の劇作家のなかで、ホルヴァートは登場人物の内面世界、言葉と意識を炙り出すことで個人の心の劇的葛藤を表現しようとしていたことが確認できた。 この中期の代表作から後期戯曲へと進む過程を、引き続き論文執筆により明らかにしていきたい。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
折からのコロナ禍により、ベルリンで現地視察したかった場所や、蒐集したかった映像資料などが確認できず、予定していたようには研究が進捗しなかった。しかし、考察対象の作家について翻訳やレクチャーを依頼されたことにより、そこから理解が深まった点もある。後期戯曲を扱うということは、その前提となる初期や中期の作風、すなわちナチ体制成立前夜のホルヴァートの作風をも重ねて考察せざるを得ないわけだが、今回の仕事から西欧の戯曲史におけるホルヴァートの位置を改めて確認することができた。 その上で、最後の研究年度に考察したいのは、以下の三点にまとめられる。まずナチ政権下で亡命者となった彼が、ヴァイマル共和政時代の同時代の批判的観察者という立場を捨てて、後期戯曲においては多かれ少なかれ、過去の文学作品の現代的改作という方向性に向かったこと。素材となる政治的資料が立場的に入手困難となったために内面世界へと向かったのか、あるいは中期からの作劇法の発展として、そのような萌芽はすでに前段階から認められるのか、検討したい。 また亡命後の後期ホルヴァートは、彼を取り巻く人間関係が一変する。一般に知られているとは言えない当時の文化史を彩る抵抗文学の作家たち、例えばヘルタ・パウリやヴァルター・メーリングらと、彼はどのような政治的立場を共有していたのか、残された資料を手がかりに比較考察しながら探りたい。 最後に、後期戯曲の集大成は最晩年に書かれた〈人間の喜劇〉と呼ばれる作品群である。いずれも種本を持つ古典作品の焼き直しであるが、なぜナチ時代にこうした作品を書いたのか、またどうして「喜劇」と銘打ったのか、考えたい。またそれが現代における「悲劇」を否定して「喜劇」に固執したデュレンマットやクレッツら戦後の劇作家とどのような関係にあるのか、歴史的・伝記的事実の確認と、後期戯曲の作劇法の内在的発展とを追うことで検証したい。
|
今後の研究の推進方策 |
科研費四年目の今年は、ドイツ・ベルリンに短期滞在できれば関連する資料を蒐集する。しかしコロナ禍のために引き続き渡独が難しいようであれば、ナチ時代の亡命者について理解を深めるため、福山・ホロコースト記念館や福井・敦賀ムゼウムなどを見学したい。ホルヴァートは生涯にわたってユダヤ人と交流が深く、演出家フランチェスコ・フォン・メンデルスゾーンなど、アメリカ亡命後に悲惨な晩年を過ごした人物もいる。これら親しかったユダヤ人や作家たちのナチ時代における亡命生活について調べておきたい。 後期戯曲は、ナチスの政権獲得による亡命生活の開始とともに、ウンディーネ神話を思わせる喜劇『セーヌ河の身元不明の少女』の執筆をもって始まる。これはヘルタ・パウリの同名小説やヴェデキントの戯曲『音楽』と密接な関わりを持っている。この作品から後期戯曲に特有な、神話や形而上的な世界に依拠した幻想的な作風が始まるわけだが、女性の自己犠牲や登場人物の「罪」の問題など、中期作品からの連続性も窺える。その辺りを探ってみたい。 また作者生前最後の戯曲となったのは〈人間の喜劇〉と呼ばれる作品群であり、具体的にはハンガリー作家ミクサート・カールマンの小説『男のいない村』の戯曲化とプラウトゥスの『ペルシア人』の改作『ポンペイ』である。いずれも「喜劇」と銘打たれてはいるが、内容的には「悲劇」とも密接に結びついている。最晩年のホルヴァートが希求した世界を「喜劇」と絡めて考察してみたい。 ホルヴァートの作家活動は、第一次大戦後の民主主義的な世界の到来と、反動的なナチス勢力の台頭によって色付けられている。ナチスの政権獲得後は、作家が一時的に現実の政治路線から足場を失った迷走期とも考えられるが、やがて小説『神なき青春』のように「良心」を拠り所とした抵抗文学を執筆していく。この過程を伝記的事実と彼が遺した作品群とから具体的に検証してみたい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍という不測の事態となってしまい、当初予定していた海外視察ができなくなってしまった。さらに、事態が収拾する目処が立たないまま、渡航が可能か様子を見ているうちに、予算を執行できないまま一年が過ぎてしまった。 今年度中にワクチン接種などでコロナ禍が沈静化する目処が立てば、当初の予定通り渡独して予算を執行したいが、無理であれば研究計画を少し変更する形で予算を使っていきたい。 例えば、ナチ時代の政治的亡命者について研究しているので、渡独が無理であれば日本の福山・ホロコースト記念館や福井・敦賀ムゼウムなどを見学することで、当時の政治的亡命者について理解を深めたい。 また研究対象の劇作家ホルヴァートに関連する図書資料およびメディア資料など、必要な文献やDVDなどを順次購入していきたい。
|