本研究の主題は、20世紀末以降、政治哲学および自然科学の分野で急速な発展を遂げた集団や群れの行動に関する理論的知見にもとづいて、ドイツ・ヴァイマル共和国時代の文学作品の群集表象を新たな角度から分析することである。2020年度はとりわけ1920年代中葉のベルリンを舞台とする都市小説における群集の表象について、理論的枠組みに関わる研究と具体的な作品の分析を平行して行うとともに、ヴァルター・ベンヤミンの後期作品における都市と群集をめぐる仕事についても研究を進めた。 まず理論的枠組についての作業であるが、20世紀末以降、急速に発展した自然科学分野における群れの振る舞いについての研究は、急速に人文学分野の研究によって受容され、集団の振る舞いとその表象の分析に新しい視点を導入することになったが、今年度はとりわけ都市における人々の振る舞いを Zerstreuung (分散)という観点から分析した近年の研究を検討し、それが1920年代半ばのベルリンを舞台とする作品に表れる群集の表象の分析にいかなる寄与をもたらす得るのかを確認した。 作品の分析に関しては、今年度はとりわけヴァイマル共和国中期に活発な執筆活動を展開し、ベルリンを舞台とする多数の短編・長編小説を発表した作家、Martin Kessel の作品を集中的に検討した。これらの作品においては、強い個性を持たず、なかば匿名的な存在である人間たちを小説の主人公に据えることがもたらす形式上の問題が明確に意識されており、群集表象の興味深い事例を提供している。 またヴァルター・ベンヤミンのボードレール論における都市と群集をめぐる議論を検討して日本語とドイツ語で研究発表を行った。 加えて、2022年度には、これまで先延ばしになっていたベルリンでの資料調査もようやく実施することができた。
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