本研究の対象はロシア革命後の亡命ロシア思想である。一年目は亡命ロシア思想の全体像を明らかにする作業を行い、二年目はシェストフの亡命前の思想、三年目はフランクの亡命期の思想、四年目はシェストフの亡命期の思想の研究を行った。最終年度はベルジャーエフの亡命期の思想を検討する予定であったが、シェストフの思想の検討をさらに深める必要があったため、時間が十分ではないのを承知で二つの作業を並行して行うことにした。 シェストフについては、1939年の著書『キルケゴールと実存哲学』を中心にすることでその思想の全体像を捉えられるという見通しを得ていたため、昨年度はこの観点を中心に検討を進めた。シェストフはベルジャーエフとともにロシアの実存主義者と呼ばれることも多いが、彼のキルケゴール論では単独者や実存や主体性のような典型的に実存主義的な概念がほとんど問題になっていない。彼が問題にするのは、合理的・体系的な秩序によって抑圧され、不可視化されてしまった世界の無限の可能性を取り戻すために合理化された世界の境界の外部に超出しようとするキルケゴールの宗教的な志向である。 閉ざされた世界の外部に向かおうとするこうした志向は、シェストフを含め、第一次世界大戦期のロシア思想にある程度共通して見出されるように思えるが、同時にキルケゴールの影響を受けたワイマール期のドイツ思想にも広く行き渡っていたように思える。 我々はシェストフのキルケゴール論に着眼し、それを手掛かりにすることで、帝国主義から世界戦争至る時代のロシア思想と戦間期のドイツ思想が共有していたある種の志向のようなものを明らかにすることができるのではないかという見通しを得ることができた。その見通しを裏付け、具体的な研究成果に具体化する作業は今後の課題になるが、今後へ向けてのそうした見通しが得られたことは昨年度の研究の成果として主張できると考える。
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