本研究では、前衛芸術運動ダダの中心人物であったラウール・ハウスマンの非言語的表現の広がりを中心に調査をすすめ、改めてその詩学を体系化する意図のもと、研究を展開した。具体的には、身体論領域においては、従来見過ごされてきたベルリンダダとキャバレー文化の関係性に光を当て、ハウスマンのカバレット論の存在に注目することで、内面化されたドメスティックでヨーロッパ中心的な人文学的人間像のアンチテーゼとして、あらゆる伝統から解放された地平で生み出される新たな人間が具現化する他者性・越境性に満ちた場所としてのキャバレーが構想されていたことが明らかとなった。イメージ領域においても、離心的(exzentorisch)な知覚の模索に貫かれた、イデアリズム的絵画から逸脱するものとしての映画論と写真論の追求の方向性が、その身体論と連動したところで、今一度その詩学を明瞭に方向付け、彼が1926年から集中的に取り組む写真制作と文学執筆への背景が明瞭に浮かび上がる結果となった。 特に最終年度である2022年はかねてより計画していたハウスマン研究者のエレーヌ・ティラール氏と日本におけるハウスマンとかかわりの深い芸術家たちに造詣の深い研究者3名による国際シンポジウム「ラウール・ハウスマンとポストダダ~危機の時代のアヴァンギャルド~」を開催し、改めてラウール・ハウスマンの大作『ヒュレー』の位置づけと、ダダの詩学の継続という意味でのポストダダというトポスへの注目を喚起する議論を展開することができた。本シンポジウムの成果は改めて論集として出版を模索している。
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