東京大学文学部図書館小倉文庫には対馬の通詞であった中村庄次郞(1855~1932)が寄贈した書物が収められている。これは朝鮮時代末期の日本で朝鮮語の教育がどのように行われていたかという点においてとても貴重な資料として評価されている。そのうち、『今古奇観』は中村が21歳の1876年に釜山の草梁公館で翻訳されたもので、2023年度は当該作品に対して、文学的な分析を試みた。 まず、『今古奇観』に収録されている話のうち、「両県令成婚事」は「両県令競義婚孤女」、「洞庭紅」は「転運漢巧遇洞庭紅」を翻訳したことはよく知られていたが、「八銀人」は出典未詳とされていた。本研究では、「八銀人」が「転運漢巧遇洞庭紅」の入話を翻訳したものであることを明らかにし、中村は原話を二つに分け、入話を「八銀人」とし、正話を「洞庭紅」と題して翻訳をしたことが分かった。 本書に収められている3編は、全てが原話を正確に翻訳するというより、細かい人物描写及び中国の文化的な背景を知らないと理解できないところを削除し、原話の骨格を中心に翻訳した抄訳である。しかし、原話を改変したところも随所に見られ、例えば、「両県令成婚事」は原作の「鍾離義」を「鍾義」にするなど、朝鮮語として不自然な人物名は自然な人物名に変えている。また、「転運漢巧遇洞庭紅」では、商売人たちが吉零国で8~9倍の利益を得ることが記されているものの、文若虚は洞庭紅を売って約870倍の利益を得るというかなり誇張した設定になっていたが、中村は10倍以上の利益を挙げる内容とし、原作での矛盾するところを改変している。 日韓における白話小説の受容は様々なジャンルで行われており、韓国では主に中韓の比較、日本では日中間の比較が中心的に行われていた。今後は、日韓における白話小説の受容様相の相違点と特徴を中心にして、比較研究が本格的に行われる必要があると思われる。
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