2021年度まで続いていた海外書籍等の物流の停滞は2022年度に入ってから徐々に解消に向かい、購入を希望した書籍の大部分を入手することが可能となった。筆者は研究テーマである「人新世」(アントロポセン、人類世、the Anthropocene)の概念について、主に英語圏における文学・芸術論の書籍を中心に議論の流れや論点を抽出、整理する作業を継続して行った。入手した主要な研究書を整理・分析した成果は国内外の学会を通して部分的に共有してきているが、その要点は2023年3月出版した論文「文学批評における『人新世』―4つの論点」(城西国際大学大学院紀要)において簡潔に示した。 当該論文においては、パウル・クルツェンによる「人新世」概念の提唱からその人文学への波及に触れた後、「人新世」の概念が従来の文学研究に対しいかなる課題を提示しているか、という観点から論点を4つに絞り、「人間」「オルタナティブ」「スケール」「ポストコロニアル」の鍵概念から「人新世」が文学研究をいかに変容させ得るかについて論じた。「人新世」は特別な存在とされた「人間」を環境の一部として捉え、人間的な時間・空間のスケールを地球のスケールにつなげて理解することを促しているばかりでなく、インド出身の作家・評論家のアミタヴ・ゴーシュが主張するように、西洋と非西洋の歴史的関係とその地球環境への影響をポストコロニアルな視点から理解することを促してもいる。人間による地球環境の変化が現実となった「人新世」においては、文学表現の現実性(リアリズム)にも変化が生じる。当該論文は、「人新世」が人間個人と地球をつなぐ新しい文学表現を要求していることを4つの論点を通して示し、当初の目的を部分的ながら達成したと筆者は考えている。
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