研究課題/領域番号 |
18K00522
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
佐々木 勲人 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (40250998)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 処置文 / 受動文 / 受益文 / 使役文 / 呉語 / 紹興方言 / 文法化 / 事態把握 |
研究実績の概要 |
本研究は,中国東南地域の諸方言の言語データを詳細に調査・分析することを通して,事態把握に関する特徴を明らかにすることを目的としている。近年の認知言語学の成果によって研究が進んでいる事態把握の問題に関して,比較方言文法の手法を用いて調査・分析を行った。 中国語は日本語などに比べて客観的事態把握を好む言語であると言われている。すなわち,話者は事態の外に身を置いて,傍観者ないし観察者の視点から事態を捉える傾向があると考えられている。近年の研究は,事態把握に関する中国語の特徴をさまざまな角度から明らかにしているが,それらは何れも北方方言を基礎とした“普通話(標準語)”のデータに基づいている。そのため,東南地域の諸方言では,同一の事態に対して標準語とは異なる言語形式を用いる場合があるという言語事実が看過されてきた。 本年度は,呉語の一つである紹興方言のヴォイスに関わる言語現象をさまざまな角度から分析した。一般に,東南方言では処置文の使用頻度が低いと言われているが,紹興方言も例外ではない。調査によって、紹興方言の処置文は不如意な事態に限って成立することが明らかになった。このような制約がどのようにもたらされたのか、そのメカニズムを検証した。 紹興方言の授与動詞“撥”は,受益者を導く機能を備えているという点において,他の東南方言と異なっている。その使用範囲は,代替行為の受益者にまで拡張していることから,標準語の授与動詞“給”よりもさらに高度な文法化を遂げていることを指摘した。また,他の東南方言と比較しつつ、受給者を導く機能が授与使役,放任使役を経て受動へと至る“撥”の文法化のプロセスを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
中国人受託研究員を受け入れたことによって,呉語(紹興方言)に対する調査が大幅に進んだ。そこで得られたデータをもとに,処置文や受動文などヴォイスを中心とした言語現象に対して文法化の観点から分析を行った。その成果は2本の学術論文にまとめて公表した。 一方、本研究の中心的課題である事態把握の特徴の解明についてはまだ十分な成果が得られていない。残された研究期間において,事態把握に関わる言語事実の収集に努めるとともに,東南方言の事態把握の特徴の解明に全力で取り組む所存である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究が取り上げる言語現象は多岐にわたるが,以下に次年度以降の主な研究テーマを記す。 (2019年度:認定のモダリティ助動詞の使用頻度に関する調査と分析)客家語やビン語の形容詞述語文では,“有”や“会”などの助動詞が多用されることが知られている。認定のモダリティを表すこれらの助動詞の機能についてはすでに多くの先行研究が存在するが,客家語やビン語ではなぜこれらの助動詞を多用するのかという疑問点については十分な議論が行われていない 。話者の認識を文法的に明示する客家語やビン語は,標準語やその他の方言とは明らかに異なる事態把握の特徴を示している。認定のモダリティに関する東南方言の言語データを収集し,主観性(subjectivity)の観点から分析を行う。 (2020年度:受動文と処置文の使用頻度に関する調査と分析)粤語や客家語などでは,受動文や処置文の使用頻度はあまり高くないと言われている。これらの方言では,受動文に代わって受事主語文が好んで用いられる。本研究は,粤語や客家語における受身文と処置文の言語データを網羅的に収集するとともに,これらの方言ではなぜ使用が抑えられるのかを事態把握の観点から明らかにする。 上にあげた諸現象は東南方言の事態把握の特徴を示すものであるが,従来は個別の構文研究の枠組みの中で,単にその傾向が指摘されるのみであった。最終年度には,3年間の分析結果をふまえて,認知言語学や構文研究の成果を利用しつつ ,事態把握の観点からこれらの現象に統一的な解釈を与えていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
年度末に予定していた中国での資料調査が実施できなかったため。次年度の早い時期に資料調査を実施し、その費用として未使用学を執行するよう計画を変更する。
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