研究課題/領域番号 |
18K00530
|
研究機関 | 山梨大学 |
研究代表者 |
仲本 康一郎 山梨大学, 大学院総合研究部, 教授 (80528935)
|
研究分担者 |
岡本 雅史 立命館大学, 文学部, 教授 (30424310)
加藤 祥 大学共同利用機関法人人間文化研究機構国立国語研究所, コーパス開発センター, プロジェクト非常勤研究員 (40623004) [辞退]
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | メタファー / イディオム / 物語 / フロア / 非流暢性 |
研究実績の概要 |
まず、研究代表者仲本は、長年行ってきた英語のイディオム研究をナラティブの生成と変容という観点から再考し、従来までのミクロの語彙研究とマクロのナラティブ研究の橋渡しを試みた。なかでも今回注目したのは、イディオムを成り立たせているメタファーが一貫性のある「物語」として構成されているという点である。このことは、〈人生は旅である〉といった時間構造を持つメタファーにかぎらない。人間関係という静態的なメタファーであっても、keep in touch(連絡をとる)、break up(決裂する)、build bridges(仲直りする)といったストーリーを内包するものが多い。つまり、語りを構造化する言語標識は接続表現や指示表現に代表される談話標識にかぎらないということであり、一見、語りとは無関係に見える表現にも物語標識として機能する語が存在することを示唆するものと言える。 次に、分担者岡本は、前年度実施したナラティブを生み出す「場」としてのソーシャルメディアにおける新奇表現の創出と定着に関する学会報告を論文にまとめるとともに、日常対話における語りとしてのフロア維持状況に着目し、話者交替が頻繁に切り替わる事例と比較することで、対話のなかで生じる語りがどのように一定のリズムを維持しているかについて研究を行った。分析の結果、対話中で生じる長い語りにおいても、語り手による発話内休止と対話者によるあいづちによって音調的に分節化されることで一定の対話リズムが構築されていることが明らかとなった。さらに、ナラティブでも頻繁に生じる発話の非流暢性要素であるフィラー、言い直し、言いつかえ、長音化、無声休止などがどのようにTVドラマの中で用いられているかを研究した。その分析を通して、ナラティブの今後の分析において、非流暢性要素が持つ語り手の心的状態を聞き手に伝える機能に注目することの必要性が示唆された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
まず、研究代表者仲本は、日常言語のあらゆる概念はメタファー思考によって支えられているとする認知言語学の知見を活かし、これまで無意味な語の集まりとされてきたイディオム表現にも、その根底に統一的なメタファーが存在し、そうした背景知識のもとに関連するイディオムがまとまりをなし、それらが一貫したストーリーとして構成されていることを明らかにした。今回の研究がナラティブ研究において持つ意義は、物語標識が言語全般に散らばっていることを気づかせるものであり、今後もこの方向性を維持し研究を進めていこうと思う。なお、本研究の成果は、2022年5月に(株)開拓社から『メタファーで読み解く英語のイディオム』と題して発行される。 一方、分担者岡本が今年度焦点をあてたのは、ナラティブと対話の共通性と境界である。前年度実施したソーシャルメディアにおける新奇表現の創出と定着についての研究では、Twitterという独白としての「つぶやき」を主眼とするソーシャルメディアにおいて、他者からの反応を意識しつつも投擲的な表現が好まれることから、対話性を帯びたナラティブの特質の一端を浮き彫りにすることができた。一方、日常対話において話者交替と異なる次元でフロアが対称的になる場合と非対称になる場合があることに着目し、対話中の「長い」語りを対話のなかに自然に埋め込む上でのインタラクションリズムの維持のメカニズムを明らかにした。さらに、これまでのナラティブ研究では語りの内容や構成についての分析が中心となっていたが、その際に無視されてきた「流暢でない語り方」に着目することで、そうした非流暢性がナラティブの理解を促進する側面があることに気づかされた。こうした知見は一見するとナラティブ研究にとって周縁的なものに過ぎないように思われるが、本研究課題を深化させる上で有意義なものと考える。
|
今後の研究の推進方策 |
昨年度も新型コロナウイルス感染症拡大のため、研究代表者、分担者ともに、授業のオンライン化、大学業務のデジタル化への対応が求められた。加えて、研究発表の場も制約されたことで研究の遅れが生じたため、さらに1年間本科研を延長することとした。最終年度となる本年度は、本科研で得た成果を学術論文のかたちで公表していこうと思う。 まず、代表者仲本は、本年度はテーマをしぼり、語りを構成するメタファーの体系化に集中する。具体的には、「心が折れる」「決意が揺らぐ」「強い信念を持つ」「欲望に打ち勝つ」「感情に流される」のような、心の葛藤を表わす表現に注目し、これらの表現の背後にある〈力〉のメタファーの体系化を試み、その成果を日本語用論学会学会誌『語用論研究』に投稿することを予定している。 一方、分担者岡本は、先述したナラティブと対話の共通性と境界についての知見をもとに、今年度の実施を予定していたが進めることができなかった「語用論的包除性 (pragmatic clusivity)」に本格的に取り組む予定である。特に、ソーシャルメディアでしばしば生じる「炎上」と呼ばれるディスコミュニケーションが、その発端となる「語り」に含まれる語用論的前提によって受け手を反対者と同調者という二つの立場に分断されることに起因することを明らかにしたい。本研究の成果は、社会言語科学会学会誌『社会言語科学』に投稿することを予定している。
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症拡大により研究が遅れたため、昨年度予算の一部が次年度に繰り越されている。この繰越予算については、本年度購入予定の物品費等として使用される予定である。
|