研究課題/領域番号 |
18K00572
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
吉田 豊 京都大学, 文学研究科, 教授 (30191620)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ソグド語 / イラン語 / 歴史言語学 / シルクロード / 禅宗文献 / 冠詞 / 文法化 / 仏教説話 |
研究実績の概要 |
ソグド語はイラン系の言語であり,シルクロードで活躍したソグド人の言語である.昨年度は,仏教ソグド語の文献のうち未だに解読されていない文献を2点解読しその成果を英文で公表した.それはソグド語訳の楞伽師資記及びKarmavibhangaであった.それとともに,既に発表されていた文献でその解釈を大きく改善出来る仏典2点についても改善された解読結果を論文として発表した.一つは舎衛城の神変のソグド語版であり,もう一つはKancanasara王物語と呼ばれる,賢愚経にも採録されている説話である.別に仏教ソグド語の全語彙をデータベース化するための分析の枠組みを構築し,一つの仏典についてその枠組みを試行しデータベース化した.国際的にも利用できるものとするため,ロンドン大学名誉教授のSims-Williams博士と共同で行った研究である.また既に発表されている3点のソグド語仏典について,伝統的なマニュアル方式で語彙表を作成したが,その際には,ソグド語に対応する漢文原典の漢語を添える作業も行った.このようなソグド語仏典そのものの研究以外に,最も遅い時期のソグド語で書かれたマニ教徒の手紙を3点解読し,その成果を研究書として公刊することができた.世俗のソグド語文献としては,モンゴル高原で発見された6世紀の碑文(ブグト碑文)を解読し論文として発表した.ソグド語の言語学的な研究,とりわけ文法の研究としては,ソグド語に頻出する定冠詞について研究した.一般にインドヨーロッパ語族に属する言語では,西ヨーロッパのゲルマン系の言語やロマンス系の言語にしか定冠詞は存在しないと言われているが,インドヨーロッパ語族のイラン語派に属する言語であるソグド語にもそれが存在していることを証明し,西ヨーロッパの言語の定冠詞との相違点などについても研究した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は,漢文原典から翻訳された仏教ソグド語文献と原典を対照することによって,今は死語となっているソグド語の語義を明らかにすることを目的としている.その目的のためには,未発表のソグド語仏典を解読し原典を明らかにする作業と,既に原典が比定されている仏典に関して,原典の漢語と対応するソグド語の訳語を対照する作業が必要である.その両方の方面で,一定の成果を上げることができたことから,概ね順調に進展しているという自己評価になった.とりわけ,禅宗文献のソグド語訳が存在することを明らかにできたことは大きな収穫であった.原典が比定されていない多くの断片群について,それらの原典を解明できるめどが立ったからである. その一方で,昨年度は仏教ソグド語文書の解読や,その語彙研究以外に,ソグド語文法や,ソグド語で書かれた碑文の解読,11世紀初めというソグド語資料の中では最も遅い時期に属する,マニ教徒が書いたソグド語の手紙文について,論文や研究書を出版することも並行して行っていたために,当初予定していたほどに作業が進展しなかったことは認めざるを得ない.それ故,当初の計画以上に進展していると言うことはできない.なお,解読した碑文の一つは,モンゴル高原で発掘された6世紀の碑文で二言語が併用されている.ソグド語ではないもう一方の言語は,ブラーフミー文字で表記されているものの真に未解読の言語であり,ブラーフミー文字をよく読むドイツの研究者が最近3D写真を撮影し,それを私に提供してくれたものである.当該のドイツの研究者が国際学会に於いてブラーフミー文字面について研究発表する際に共同で発表することを依頼され,急遽研究することになったもので,当初から予定されていた研究資料ではなかった.
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今後の研究の推進方策 |
今年度も昨年度同様に,未解読仏典の解明と,既に発表され原典が比定されている仏典の語彙表の作成という二つの方面での研究を同時に行って行く計画である.漢語との語彙の対照研究に関しては,最近キリスト教ソグド語資料について,その原典であるシリア語のキリスト教文献とを対照した辞書が発表されているので,その辞書を作成した,Sims-Williamsロンドン大学名誉教授から,データベースを活用したノーハウを教えてもらう予定にしている. 研究成果の発表では,これまでの研究で原典比定の目処が立っているいくつかの仏典について,テキストを校訂し論文として発表したいと考えている.これらとは別に,すでに今年度中にいくつかの研究発表や講演の依頼があるので,それらの準備を行う形で研究をすすめ,その結果を成果として公表したいと考えている.その資料の中にはソグド語仏典以外の世俗文書やマニ教文献も含まれる.またソグド語研究の後継者を育成するために以前から準備してきた,ソグド語の入門も兼ねたソグド語文法とソグド語語彙集を完成させたいと考えている.我が国ではシルクロード研究に関する関心が極めて高いにもかかわらず,現在までのところ私以外にソグド語研究する研究者はおらず,近い将来私が現役を引退したあとでも,我が国でソグド語研究する研究者が存在し続けるようにしておくことはまさに焦眉の急である.
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