本研究では、情報構造が量化解釈にあたえる影響を理論的に解明することを目指した。具体的にはいわゆる「ロバ文」を情報構造の点から考察し、ロバ文後件に生起する「ハ」の機能について、これまで注目されてこなかった観点に焦点を当て研究を行なった。「ハ」は従来アバウトネスを導く主題マーカーとして分析されてきたが、本研究を通じてこのような扱いは必ずしも正しくないことが明らかとなった。 例えば、典型的なロバ文である(i)「若手芸人がヤクザ映画に出演すると、たいていそいつは(その映画の中で)すぐ殺される」は、(ii)「ほとんどのヤクザ映画に出演する若手芸人は(その映画の中で)すぐ殺される」という解釈を持ちうる。ここで、(i)の「そいつ」は特定の指示対象を持っておらず、量化子「たいてい」に束縛される変項として解釈されている。問題は、指示対象を持たない要素になぜ「ハ」が後続できるのかという点である。なぜなら、従来の分析では「ハ」の中心的機能はアバウトネスであり、それゆえ、指示対象を持たない量化表現やwh語に「ハ」は後続しないと説明されるからである。また、(i)全体の主題は、(ii)の言い換えから分かるように、「若手芸人」かつ「ヤクザ映画に出演する人」の集合であり、その要素の個体ではない。情報構造的には、条件文の前件が主題、後件が焦点を含む主張にあたり、後件内に主題が現れることはありえない。 そこで、まず、後件(=主節)の左端位置は前件の一部として解釈されると仮定した上で、「そいつ/2-は」は、その左端位置に生成され、x/2=d のように翻訳されるという提案をした。動的意味論を用いると、これらの仮定から「若手芸人」の存在量化子が消去され、「たいてい」による束縛が可能になり、さらに、量化副詞の指向性に対する「ハ」による影響が自動的に導出されることを示した。
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