本研究の目的は、母音の無声化が言語の心内処理過程において、どの段階でおこなわれているかを知ることである。2018年度~2019年度におこなった実験では、無声化が心内辞書には記載されずに音声処理過程の後段階で発生している可能性が示唆された。 この仮説をさらに詳しく調べるために、2020年度から視線計測装置を導入した。レスポンスボックスによる反応時間の取得は、心内処理に必要な時間を計測する手段としては有効である。しかし、この方法では処理にかかる総時間の違いが計測できるだけで、どのタイミングで処理に時間がかかっているかを調べるためには、必ずしも有効な手段とは言えない。 視線計測装置を使用すると、視線が画面上のどこをあるかをリアルタイムに計測することで、処理の所要時間がどのように変化しているかを可視化・数値化することができる。本研究の実験では、無声化に関して対応している画像と無声化とは対応せず矛盾している画像をPC画面に提示して、画面上での視線軌跡の時間変化を調べている。これによって、話者が音声刺激のどの段階で無声化の有無を判断しているかを明らかにすることができる。今年度は、2022年度に採取できた十数名分の実験データを分析するために、独自の解析プログラムを作成した。このプログラムを使用して視線軌跡の時間変化を分析した結果、典型的な無声化環境で母音が無声化しない音声と、逆に典型的な有声音環境で母音が無声化する音声では、視線軌跡に違いがあった。すなわち、前者では目標画像にも競合画像にも同じ程度で視線が配分されていたのに対して、後者では時間の経過にともない目標画像のみに視線が集中する傾向が見られた。この結果は、無声化母音が心内辞書に記載されていないという観察結果を裏付けるものである。
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