東北方言の音声は現在、旧来の実相や分布からの変化が著しい。よって調査すればした分だけ個人差が色濃く現れ、特質をひとつには集約しがたい現状がある。本研究は、北奥・南奥方言の音声対立を象徴してきた狭母音音節(いわゆるジージ―弁・ズーズー弁)を取り上げ、それらを舌調音(前後・高低)と口唇形状(円唇・非円唇)とのかけ合わせから見る構造的分析により、実相変化の段階的特徴を明らかにしようとするものである。 上記の課題について、本研究ではこれまで、まずは北奥方言の高年層を対象に実地調査を行い、音響分析と発音動画の口形分析により5段階の実相バリエーションを抽出。それらを序列化して、大きくは舌調音の前後の関係が高低の関係に先行して方言的特徴を弱めていく傾向があること、またその序列に付随して非円唇の口形にも段階差があることを明らかにした。また同一個人の複数回の発音に見られる実相のバリエーションについて、それが生じる背景や変化段階の特徴に関する考察も行った。 以上の究明点を踏まえ、今年度は主に既調査の話者(北奥方言)を対象とする補充調査を行った。またコロナ禍により調査が滞っていた南奥方言話者についても既調査のデータ分析ならびに同話者の補充調査を行い、北奥方言を中心に分析してきた上記の実態との対照を行った。その結果、北奥方言で特徴的だった変化の序列(舌の前後の関係<中舌化>の衰退が高低の関係<低母音化>のそれに先行する)に対して、南奥方言ではむしろ前者(中舌化)の衰退が後行する傾向があることが見てとれた。今後さらにデータ量を対等に揃えた比較が必要であるが、以上から、両方言を象徴して音声対立を呈してきた狭母音音節の実相は、それの変化過程にも異なる道筋が観察されうる可能性があることが示唆された。
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