現代日本語には、「壁にペンキを塗る/壁をペンキで塗る」のような、格体制の交替現象が見られる。本研究は、一見、類似点を持つように見える別の現象との比較により、格体制の交替現象の成立原理の特徴を明確にし、現代日本語の文法体系における当該現象の位置づけを明らかにすることを目的とする。 本年度は、前年度までの研究成果を統合・発展させ、「交替動詞」「多義語」「ヴォイス対立」がどのような関係にあるのかを考察した。文の表す意味内容を階層的に捉えた上で、上記の3者間に次のような異なりがあることを明らかにした。(a)多義語における意味間の異なりは、現実世界の指示対象の異なりにある。(b)これに対し、「~ニ~ヲ塗る」と「~ヲ~デ塗る」の意味の違いは、現実世界の指示対象にあるのではなく、現実世界の同一事態を位置変化として捉えるか状態変化として捉えるかという、事態類型の異なりにある。(c)ヴォイス対立における意味の違いは、現実世界の指示対象や事態類型のレベルにあるのではなく、どの事態参与者に視点を置いて述べるかという点にある。 また、上記の考察を通して、格体制の交替現象では、位置変化か状態変化かという事態類型そのものの交替によって格形式の交替が起こることが確認され、個々の名詞句間の意味役割の近さによって格形式が交替する「格交替」との違いが明確になった。 本研究の成果も盛り込む形で、格体制の交替現象の原理と体系に関する筆者のこれまでの研究を統合し、図書を刊行した(川野靖子(2021)『壁塗り代換をはじめとする格体制の交替現象の研究―位置変化と状態変化の類型交替―』ひつじ書房)。
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