今年度は、キリシタン版漢字字書『落葉集』をキリシタン版国字本全体と比較し、『落葉集』の掲載漢字の大半がキリシタン版国字本に使用される漢字であり、特に常用性の高い漢字を網羅することを確認した。一方、キリシタン版国字本の一字多訓および同訓異表記には『落葉集』の水準では対応できない表記が少なからずみられた。今年度はその成果を、白井純(2022)「キリシタン版『落葉集』所収漢字と和訓の常用性」『訓点語と訓点資料』第148輯、岸本恵実・白井純編(2022)『キリシタン語学入門』八木書店として発表・刊行した。 本研究を通じての全体的な成果として、『落葉集』は、1.常用性の高い漢字を掲載するが漢籍や漢語の多い文献の表記には対応が難しいこと、2. 和訓との関係では日本語表記の実態をふまえた常用性の高い和訓(定訓)に基づく漢字整理が行き届いていること、3. 定訓間での同訓異表記が複数ある場合の優先性には未整理な部分が残ること、を指摘した。 中世日本語の漢字表記は、同訓異表記と一字多訓の双方において複雑な関係を示している。それに対応する漢字整理としてみた場合、同訓異表記の整理は不十分だったとしても、それによって漢字の読解が妨げられることはない。一方、読解に致命的な問題をもたらすのは一字多訓だが、その点については定訓が有効に機能している。 現代の常用漢字表には和訓を持たない多くの漢字があるが、『落葉集』では原則としてすべての漢字が1つ以上の定訓を持つ。このことは漢和辞書としての基本的性質で、それを漢字表記の規範に用いる点にキリシタン版の漢字整理の本質がある。従来から指摘されるように漢字整理としてみれば現代の常用漢字表に類似しているものの、漢字表記の規範として同訓異表記の削減を志向するものではない。このことは、中世日本語の漢字表記を読解するという目的に対する最適解であったと考えられる。
|