本研究は、日本語が複数の層にわたって運用されていることに注目し、その観点から条件表現史を捉えることを目指すものであった。 最終年度の主な成果は、(1)昭和初期の落語速記本『上方はなし』を用い、音声落語や談話資料との比較から、同資料が各特性を持った複数の文法の層から成ることを明らかにしたこと、(2)中世・近世期の条件表現史において、順接と逆接とで非対称性が認められることを取り上げ、その理由等を考察したこと、(3)逆接仮定トモ・テモ・トテについて、近代日本語の資料を対象として、言語位相と言語史の関係について詳らかにしたこと、(4)明治中期以降の小説の文体(言文一致体や雅俗折衷体)に見られる言語的諸相について、書き手の表現意図と文体との関りから分析したことである。 次に期間を通じて得られた研究成果についてである。概括すれば、一つは規範意識「高」の言語層が反映する資料、例えば、明治期の言文一致体、あるいは演説等の台本ありの資料などの、総じて書き手・表現者の「個」が顕在化する資料においては日本語史への影響が大きい要素が観察されることが明らかになったことである。もう一つは、自然な話し言葉を映す、あるいは映すことが意図される規範意識「低」の言語層が現れる資料、例えば自然談話や落語の「会話」部分等では、話者の属性(性差、地域差等)が現れやすく、言語変化を推進する要素が見出されやすいことを指摘したことである。これらより、日本語文法史を正確に把握するためには、規範意識の高低で弁別される言語の複層性を押さえたアプローチが必要であることが明らかとなる。 以上のように、本研究は、条件表現史の記述を第一義的に行いながらも、日本語文法史、さらには日本語史研究において汎用性のある視点・方法論を提供し得るものであったと総括することができる。
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